詩 『浮く耳』 (2022)
浮く耳
なんでもないからここにいたんです。
痛いのは耳
冷たい夜気
スピーカーから流れる
電子音のノイズ
電流が乱れると音量が振れるの
まるで心霊現象
みたいに。
驚かないでください
調光器が不安定なんです
少し不安なだけなんです
安定を切り離したら
定まらなくなっただけなんです
あなた、
どこに
いたんですか。
だからね、
なんでもないからここにいたんです
意味が必要だったんですか
意義が求められていたんですか
真夏の生温い水道水が
恋しい
のは
洗い物嫌いのせい
ああ、ごめんなさい
嘘をつきました
本当は
洗濯物を畳む方が嫌いです
それらを所定の場所に
戻すのが嫌いです
止め処なく流すことが
できないじゃないですか
追いかけなくていいものを
わざわざ感じなくて済む
泡の行方を
見送る方が好ましい、
ですね
なんでもなさが浸透する
頭の後ろで
ざあざあと鳴っている
どうせなら
寄せて返してよ、波
一方通行の出口に
立つのはかなしい
痛いのは耳
なの
だから
奪わないで。
実を言うと
お経を書き忘れて
浮いていたんです
亡霊から防衛?
しなくても
いいんじゃないかな
ここにいたのは
音 を
聴くため
それ 以外
なんにも
なかっ た、
わたし たち。