街の本屋さん
用事のついでに家から一番近い商店街に足を運んだ。商店街、と言えるほどの規模があるかというとそうでもなくて、控えめなスーパー、最近オープンしたマツキヨ、その周囲にぽつぽつと点在する、美容室、和菓子屋、精肉店、小さな食堂、メインの通りを少し逸れたら、時代を生き残った銭湯、などなど。
その中にいかにも「街の本屋さん」という構えの本屋さんを見つけて、ああそう言えばここに本屋さんがあったなと、久しぶりにその前を通ってから思い出す。一度通過しようとした私の足を止めたのは、ここが、地元で知り合った作家さんが書籍の中で描いたお店のモデルになった場所じゃないかと気がついたからだ。ややミーハーな動機だが、少し引き返してそっと店内に入ってみた。
推定70代くらいの店主さんが「いらっしゃい」と静かに声をかけてくれて、会釈を返す。かすかに音楽が流れる店内。音楽よりもジーッという電気か何かのジッターノイズの方が大きい。ゆっくりと店内を見て回る。
古書も扱ってるんだと、じっくり端から眺めてみると、やや離れたところに設置された一角に、
「1973年(だったかな…?)の開店当時から書棚に並べている岩波文庫です。ご自由に御覧ください。ご希望の場合は100円でご購入もできます」
といった内容の張り紙があった。何やら感動して、あれこれ手に取って、その中から一冊。それと他の古書一冊と新書を一冊、気づけばカウンターに並べていた。書棚の一番上にあった古書は埃を被っていて、タイトルが判別しにくいくらい表紙も日焼けして、でも中身はとてもきれいで。売れ筋の本も在庫としても何でも置ける駅前の大型書店とは違い、書棚の限られる街の本屋さんらしい選書も相まって、服についてしまった埃(苦笑)も何もかもを全部ひっくるめ、誠に勝手ながら、いとおしかった。
昔からそこにあること、あり続けること、連綿と続く日々に生きること、それを感じられる場所は身近にあると改めて。息ができた気がした。何かを、取り戻せた気がした。
例の岩波文庫をカウンターに乗せたとき「これ、買っても良いんですか?」と店主さんにそっと聞いてみると、彼は照れたように少し笑って「いいよいいよ、100円ね」と返してくれた。
しばらく通って、本を買って、彼の日常に時おりわたしが存在できるようになったら、いつか、もっと言葉を交わしてみたいと思った。このお店のことを、店主さんのことを、聞いてみたいと思った。
夕暮れのひととき、地元にて。