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美しいつららを

流した涙が人生のつららになる。

人間は泣くことができる生き物だ。
外傷を負ったときや心が動かされたとき、様々な場面で私たちは泣く。
そのほとんどが日常の一大イベントだ。
思い返すと泣いているときの情景や匂い、雰囲気などは鮮明に覚えていることが多い。
何で泣いたのか、それを見ていたのは誰で、そこからどう立ち直ったのか。
泣く以外のことをしているときと同じ時間のはずなのにその一秒一秒が重たい。
このことは忘れないように、と時間が意思をもっているみたいだ。

幼い頃に泣くことは恥ずかしいことだと錯覚するのはまだつららが成長しきっていない証拠である。
短く不格好なつららはその真価を発揮していない。
涙がどれだけ自分という芽を成長させる存在なのかを彼らはまだ知らないのだ。
その偉大さを理解するにはある程度の人生経験が要る。
涙を流したときの環境が厳しいものであればあるほど立派なつららができる。
そのつららを持つ人間は非常に雄大で他者を引き付ける魅力があるのだ。
私の尊敬する人物とはそういう人間だ。


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