高校１年生の昔の自分へ【絶望から...】

いまの君は絶望のどん底にいるだろうが、思いがけない出遭いが君に光を与えてくれる。人間万事塞翁が馬。

小学生の低学年の頃から続く両親の言い争いと中学の途中から転校してきた素行の悪い友に引きずられて渋谷に入り浸った兄、こういう家庭環境から逃避すべく、小学校時代は学校から帰るなり暗くなるまで近所の子たちと毎日日が暮れるまで遊び回っていた。中学ではテニス部に入ったが部活でのいじめにあい、中学３年生の５月には部活から遠ざかり自然と退部した。

それからはこの家から出ることしか考えず、がむしゃらに将棋に励んだ。世間を知らない当時の私は高校受験の準備もせず、周囲の友だちが休み時間に歴史の問題を出し合っていても将棋をひたすらやった。中学３年の冬、将棋の本に書かれていた棋士の家を訪ねるも引っ越しされていて連絡は取れなかった。プロになりたかったが、取り敢えず高校だけは行きなさいという母と担任の勧めで公立高校と県下で最下位の私立高校を受験し、いまの言葉でいうヤンキーの集まる学校に合格し入学した。試験１か月と半月前に要点をまとめた文庫本サイズの参考書を意味もなくマーカーを引いて覚えるように勉強して合格できたのは幸運だった。

取り敢えず高校に入学したのは棋士になるのが目的で、高校１年の夏で辞めるつもりでいた。中々気持ちの整理ができず、入門を希望している棋士のところに電話をかけるのが先延ばしになっていた。

ちょうど今頃、８月に入ってしばらくしてその棋士の家に電話をした。この電話番号は以前訪ねたときに棋士の祖母から教えてもらっていた。
コール音がして４回目くらいに繋がった。棋士の奥さんからS八段に電話を代わってもらい入門したいという意思を伝えた。親の同意、なぜ私を選んだのか、年齢は、棋力はと訊かれそれに答えた。そしてこういわれた。

「15歳で三段だと諦めなさい。学校の勉強をきちんとし就職しなさい」

いまの私なら電話もしないし、趣味で将棋をたのしみ、取り敢えずいまの家庭環境で何ができるかを考えるだろう。でも当時は世間知らずで、なぜ中学時代の級友が一生懸命に勉強をしていたかも理解できていなかった。会社というのは誰でも入れるものだと思っていたし、仕事に就くのに何をしなくてはいけないかも知らなかった。

よく言えば純粋だった少年一は、家から出られないこと、棋士の道を断たれたことに絶望した。翌日からは近くの川に毎日釣りをしに行った。そして将来のことについて考えた。このままこの水の中にという妄想も繰り返し頭を過った。もう手立てが何もなかったのだ。

「学校の勉強をきちんとして就職しなさい」と言われても、何をどう勉強していいのか分からない。夏休みのある日、部活のために学校へ行こうと駅のホームへと歩いていたら中学時代に憧れた女の子が目の前に突然現れた。小麦色の肌に黄色のワンピースがとてもよく似合っていた。家族とどこかにいくようだった。いまの自分がとても恥ずかしく、ちょっとだけ話して直ぐにその場から逃げてしまった。

でもこのちょっとした出遭いが、私の人生を大きく変えた。▢

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