余命宣告された母のこと
※余命宣告や出産のことなどの内容が含まれます。
開いていただいたところ申し訳ございませんが、苦手な方はこれ以上はお控えください。
余命宣告された母がいる。
病名は癌。あと1〜5年の命だという。
病気が判明した頃にはステージ4でいわゆる末期癌と呼ばれる状態らしい。
余命宣告されてから約1年が経つので、単純に引けば4年以内になったのだろうか。
元気な時からたまに母は、「ピンピンコロリでいければ本望だからその時は心配しないでね。」と言っていたが、その通りにはいかなくなってしまった。
余命宣告された後は、今母に何ができるかと考えるようになった。
もし病気もなく、突然いなくなってしまったとしたらあれができたこれができたのに、と後悔するだろう。
でも、こうして余命宣告されたことで母との残りの時間をどう過ごそうか考え、実行するようになった。
母に少しでも恩返しをする時間を残してもらえたと思えばいいのか分からないが、今は何をしてもらえたら母は嬉しいのか考えている。
(まあ結局は後悔することがあるとは思うのだが。)
そうして考えていくうちに、母のいないこの先の未来のことも想像するようになった。
もしかしたら縁のあった人と結婚し、子どもも授かるかもしれない。
ただ、私の結婚相手のことも生まれてくるかもしれない子ども(孫)のことも母は見ることはないかもしれない。
少し母の話になるが、母は助産師として病院に勤めていた過去があり、結婚か出産を機に退職した。
なぜ助産師を目指したのかと聞いた時がある。
その時母は、「赤ちゃんが大好きで直接赤ちゃんと沢山関わることができる仕事があるのか!と助産師という仕事を知り目指した。」という。
さらに、母の主観だが「この世にこんなに素晴らしい仕事があるのかと思った。」と誇りのように思っているようだった。
これくらい赤ちゃんに対して愛おしく、つよい想いを抱いているならば、娘の私に子どもができた時にはそれはもう喜んでくれるのではないかと思っていた。
何より、子育てや身体の不調に悩んだり、少し子どもを預かってほしい時だったり、そんな時に私の力になりたいと思っていただろうに、それが実現するには難しい状況にいる。
最近では、「子育ては1人でできるものじゃないから頼れる機関や周りを頼りになね。」と母はその時いないことを前提のように言ってくるようになった。
「お母さんがいるじゃん」と言い返すこともできずに聞いている。私だって、もしいつか子ども授かる時がくるならば母に沢山頼っていきたかった。
念のために言っておくと、母は子どもを産むことを当然のように言ってきたりしたことは一切ないし、プレッシャーも何もない。
子どもを産んでも産まなくても、とにかく私の幸せを願ってくれている。
ただ、子どもができるかもしれないし、そうでない可能性もある。どちらの可能性も残したまま、母がいなくなってしまうことがひどく悲しいのだ。
ここまでお読みいただきありがとうございます。
たまに想いが溢れそうになり、どこかに書き留めたかっただけで、だからなんだとお思いになるかもしれませんが申し訳ありません。
自己満足の文章で恐れ入ります。
最後までお読みいただき本当にありがとうございます。
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