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【Day.6呼吸】駅員だって人間だもの【文披31題】

  とあるどこかのベッドタウン。その一地区を作るのがこの峰屋駅。お彼岸も過ぎ、始発の時間帯は肌寒くなってきた。そして、朝の通勤ラッシュには学生の姿が戻りつつあった。
 9時から始業のところ大体一時間前駅に到着、着替えを済ませて一時間前には事務室にあがる習慣を続けている。家まで片道45分だから、忘れ物をしても最悪なんとかギリギリ間に合う計算だ、たぶん。
 今日の非番は営業Aが改札にいるマッキーで、Bが精算機でトラブったのか、コンコースで対応しているしげしげ先輩、運転は休憩中だからわからないけど、当直はイヅル係長もとい、吉良係長。いつもなら「あ、伊藤おはよう」なんて挨拶をかわして色々しゃべってくれるのだが、電話中で会釈だけだった。空いているデスクの前に座るや否や、吉良係長の受話器が置かれた。
 「次の上り! 車内急病人! 後ろから三両目20代女性過呼吸!」
 電話は電話でも、指令からの電話だったらしい。吉良係長が事務室全体に聞こえるよう叫ぶ。
 「出番前ですけど、女性なら私が行った方がいいですね!?」
 「おう! 伊藤任せた! これ、携帯。指令の番号すぐかけれる画面にしてる。」
 「うす!」
 携帯電話を受け取った。
 「多目的室準備完了っす、車いす準備したら追いかける!」
 窓口方面からのマッキーの声を聞いて、事務室から飛び出した。
 
 ホームまでの階段の途中、電車はちょうど到着しようとしていた。急がなければ、人ごみに押し戻される……! ドアが開く前にホームに着いた。ドアが開き、降りる人をかき分けながら後をから三両目の車両に向かう。
 ちょうど最後尾から駆けつけた車掌と鉢合わせる形になった。二人で他のお客様に、当該の急病人のお客様がどこか確認する。当該のお客様は、譲ってもらったのだろう優先座席から動けずにいた。
 「よう頑張ったな、大丈夫やからな、ちょっとホームのベンチまでいこっか、あ、車掌さんかばん持ってもらってすみません、はい、ベンチのところで。降りたら電話しますんで、乗務員室戻ってください、はい。」
 当該のお客様を支えながら電車を降りると、ちょうどマッキーが車いすを持って到着していた。
 「とりあえず、点字ブロックの中はいってしまうね」
 「了解、そこで車いす広げる」
 「指挟まないでね」
 「うるさい」

 お客様を車いすに移乗させ終わる。
 「俺が指令に電話しておくから、伊藤押して」
 「はいよ」
 携帯をマッキーに渡す。
 「あ、峰屋駅です、急病人の件ですけど救護完了で、はい、運転再開お願いします」
 「どうしよ、他の人の目もあるし、ちょっと中入る方がいいかな」
 お客様はうなずいた。
 エレベーターに乗り、事務室内の窓口の横にある小部屋に通す。軽く横になれるような大きなソファーがある部屋だ。主にこういった急病人の対応に使われる。他にもいろいろ使われるが、ここでは割愛する。
 マッキーが部屋の外で入室の記録を取っている、早い。私は背中をさすったり、不安を和らげるような声かけをしていた。
 「学校電話した方がいいかな?」するならマッキーにかけさせる。
 「……もうちょっとしたら動けると思うんで……、大丈夫です……」
 か細いながらも、話せるくらいに落ち着きを取り戻したようだ。
 「そうかそうか!よかったよかった。またしんどくなったら使っていいからね」
 「はい、ありがとうございました。」
 お客様は立ち上がり、頭を深々と下げながら小部屋を後にした。

 「8:32、退室確認っと」
 マッキーが記録簿の最後の欄にチェックを入れ、吉良係長に渡す。

 「え、急病人対応してたの!? 俺が1台しかない精算機直してる間に!? 精算全部窓口に来るから逃げたんだと思ったわ」
 「逃げるなんてお前ぐらいだろ、繁田」
 しげしげ先輩の軽い声とは対照的な、低く深みのある声が聞こえる。
 「げっ! マスター!」
 マスター、つまり駅長がいらっしゃった。
 「げっとは何だ、人を腫物扱いして! それよりも伊藤、牧田急病人対応ご苦労さんだったな。ちょうど下りの電車で目の前に着いて、ずっと見させてもらっててな。さすが同期、阿吽の呼吸だった。」
 見られてたと聞いて急に恥ずかしくなり、マッキーと二人で頬を赤らめた。
 「いやいやマスター、居てたなら手伝ってあげたらよかったじゃないすか~」
 「繁田、そんな必要もないくらい素晴らしい連携だって言ってるんだ」
 「ま、俺の後輩ですからね!」
 「やかましい!」
 「あ、伊藤! 出番前だから超勤つけとけよー!」

 達成感に浸っていたが、これからが今日の仕事じゃんっ!?

↑今までのお話はこちら(一話完結)

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