【Day.4アクアリウム】駅員だって人間だもの【文披31題】
とあるどこかのベッドタウン。その一地区を作る峰屋駅。帰宅ラッシュを過ぎて、電車の本数もゆるやかに減っていく頃合いだった。営業Aの泊まり勤務は大体これくらいの時間に窓口の締切作業を終わらせる。
終わらせると改札に立っておく役になるんだけど、まぁ電車も来ない人も通らない時間帯に立っていた所で、というのが本音で。他にも泊まり勤務は二人いるのだが、営業Bは休憩中、運転担当はもうそろそろ寝る時間であり、明日への引き継ぎ内容を作っている、はずだ。信号の部屋にいらっしゃるから見えそうで見えない。そこで、締め切った帳票を確認する当直とのおしゃべりがまぁ弾む。当直、すなわち係長、つまり上司。最初は少し話すにも緊張していたが、この時間のおかげで距離を縮められたと言っても過言ではない。今ではあり得ない、昔のドタバタ話は、どんな研修の内容よりもためになる。無事に締切作業を終えられた自分へのご褒美タイムだと思っている。今日の係長は係長の中でも最若手の吉良係長。年が近い分気兼ねなく話せる存在だ。
「吉良係長、今日の分です。マルでした。」
「よしよし、もらっとくわー。……伊藤さんの新入社員研修って、『いきものがかり』ってあった?」
「??? アーティスト?」
「ほら、学級委員とか体育委員とかあったじゃんか」
新入社員研修では、新入社員をいくつかのクラスに分けて研修を行う。担任がいて、各委員がいて、まるで学校のような世界だった。今挙げられた学級委員はまさに委員長、体育委員は朝の体操を仕切ったり、クラス対抗イベントを仕切ったりする役職だ。はて、いきものがかりとは。
「えーっと要は飼育係なんだけどさ」
ますますわからない。鉄道会社の新入社員研修で飼育係?
「あれだよ、研修センターの入り口に水槽あったでしょ、メダカとか泳いでるやつ。俺らの頃って、あれが各クラスに配分されてさぁ、命の大切さを学びましょうってことで、いきものがかり中心でお世話してたんよ、そっかー、今無くなったんかー」
「あ、そんな感じだったんですか!?」
「そうそう、研修期間終わったら、入口に飾られたり、あとは近所の小学校に配ったりしてた。」
「上手いことシステムになってたんですね」
「そ。こないだたまたまうちの子供が、学校でメダカ飼ってる話になってさ。今どうなってるのかなってふと気になって。」
「なるほどなるほど。そういえば小学校の頃私もクラスで飼ってました。卵を除けないと、食べちゃうんですよね、あの子たち。」
「まさにそう! お世話は楽じゃなかったけど、研修の教室に水槽があるのは癒しだったよ。」
「ちょっとうらやましいですね。」
「でもさ、メダカから見たら、俺たちの方こそ、研修という水槽の中でわちゃわちゃしてる愚かな生き物に見えてるのかなって思うことがあってさ。」
急に係長の顔が曇った。
すると、
「吉良係長!? 何ですかそれ、大丈夫すか? 心の健康チェックシートよく通りましたね!」休憩から帰ってきたしげしげ先輩こと繁田先輩が、ド直球かつキレキレの返しを決めた。
「お前よりよっぽど健康じゃ!」
「人を何だと思ってるんすか!」
まるで漫才のような掛け合いを背に、こーっそり改札へと戻る。
こんな雰囲気だからこの職場、この時間がいとおしい。