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【Day.13定規】鉄道員だって人間だもの【文披31題】

 とあるどこかのベッドタウン。その一地区を作る峰屋駅。

 駅員の仕事は、営業であり運転であり事務でもある。窓口でコソコソして、来訪者に気づかないのは多種多様な事務作業を行なっているからだ。それだけとは限らないけれども。
 自分のデスクこそないものの、先輩たちは自分の使いやすい文房具で仕事している。もちろん、共用のものを使う人もいる。駅を去った先輩の置き土産だったり、ノベルティの余りだったり。マニアが喜びそうなアイテムなのに、なかなか雑に扱われている。
 ペンとかは、自分の胸ポケットに入れるからそうでもないんだけれど、電卓とか、自分のものをその辺に置きっぱなしで帰ると、共用だと思われて、勝手に使われてしまうから気をつけている。別にいいっちゃいいんだけど、せっかくこだわって買ったものだから、ただ乗りされたくないというか。私が選んだアイテムが使いやすいのは認めよう。まぁありがたいことに、同期のマッキーは気が利くから、私の引き出しにこっそりしまってくれることが多い。

 さて、そんな駅で仕事をしていると、たまーにこういう風に言われる。
 「すいません、定規貸してもらえませんか」
 糊が結構多い。ペンは少ない、各種申込用紙を書く台に置いているから。(毎朝ちゃんとインク出るかチェックしてるんだからね! フタなくさないで!)
 スーツ姿の学生っぽい雰囲気。就活か、バイトの面接か。
 「いや、貸せません」
 「なんでですか」
 「貸せません」
 駅出たらコンビニもあるし、ちょっと行けば百均もある。駅は便利屋さんじゃない。だから断れって先輩に指導されている。あと普通に盗難もあるし。
 「どうしてもいるんです」
 「貸すための備品じゃないんです、汚いです、ガタガタします。線をひくならその辺の紙でも書けるじゃないですか」
 ここの駅の人、切符とか紙とか、なんなら名札まで使うからかえって定規の使用率は低い。
 「線をひくんじゃないんです、証明写真の大きさをはかりたくて」
 もう一回ちゃんとしたサイズで撮り直しなさいよ、という言葉を飲み込むと、後ろからもう一人の同期、七緒くんが現れた。
 「長さをはかるのは、定規じゃなくて、ものさしっていうんですよ」

 「……もういいです!」

 恰幅のある七緒くんに、ど正論をかまされた学生風の青年はぴゅーっとどこかへ去っていった。
 「だから、ものさしが必要だとしたら、うちにはないんだよね、端から端まで目盛があるのがものさしだから。ま、定規でももちろん目盛はあるからはかれるけどね。」

 頼もしい同期に恵まれてよかった。

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