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【Day3.飛ぶ】駅員だって人間だもの【文披31題】

 とあるどこかのベッドタウン。その一地区を作る峰屋駅から、隣の駅までおつかいに行った帰りの電車。今日は日勤だから、急ぎの消耗品を届けにいくような臨機応変な仕事を担当している。島を出て、駅員になってもう3ヶ月が経とうとして、やーっと電車に乗ることに慣れてきた、と思う。
 コンコースから事務室に入るドアの暗証番号を入力する。ガチャっと音がすると同時に叫び声が聞こえる。
 「七緒!? 七緒帰ってきた!? ちょっ、こっち!」
声の主は今日の営業Aで泊まり勤務の同期、伊藤さん。いつも君づけなのにな。余程切羽詰まってるんだろう。
「早く来てぇぇぇぇ」
 声がする方に向かう。窓口の近くだ。近づくと雨漏り用のバケツがひっくり返されて床に置かれていた。
 「どういうことですか?」
 「30分くらい前、改札のところから、ハチが……!ハチがきて!床に止まったから、とりあえずバケツ被せたんだけど」
 「そこまでできたら退治できるんじゃ……?ほら、そこにスプレーあるじゃないですか」
 ご丁寧にゴキブリ用と、ハチアブ用と2種類のスプレーが置いてあるはずなんだ。
 「スプレーかけたら余計暴れたりせん!?」
 「そのうち死にますって……。わざわざ僕を待ってたんですか?」
 「当直今日腰痛いって、30秒に1mしか動かれんってのと、営業Bの三宅先輩に言うたら割とガチめに、券売機の締切は僕が代わるから自分でなんとかしなさいって言われて行っちゃったの!三宅先輩あれ虫めっちゃ嫌いなんやろな! で、運転の先輩は休憩やし……。島出身だったらいけるよね!?とにかくなんとかして!」  
 島出身をなんだと思ってるんだ……。せめてこれが虫取り網の中だったらそのままスプレー噴射できるのに……、バケツと床に隙間を用意しなきゃじゃん、一番厄介な状態にしてくれたなぁ……。
 「伊藤さん、休憩室から古新聞持ってきてください、僕に渡したら見えないところに行っといてください。」

 新聞紙をもらい、片隅に置く。バケツをそおっと浮かせスプレーを数秒噴射する。バケツを元に戻ししばらく待つ。最初は少し暴れていたのかバケツにコツコツ当たる音が聞こえていたが静かになった。念の為に新聞を棒状に持ってバケツを開ける。仕留めた。新聞を広げて死体を包んで、とても厳重に包んでゴミ箱に捨てる。

 「伊藤さーん?」
 呼んで先に来たのは三宅先輩だった。

【今日の登場人物】
上中下 七緒(かみなかしも ななお)
瀬戸内海のとある島の有力者の七男。とあるできごとがきっかけで、鉄道会社に就職。高卒ながらも貫禄がすごい。苗字が呼びにくいから皆、下の名前で呼んでいる。

三宅先輩
3人のひとつ上の先輩。教育担当的な役をしてもらっていた。石橋を一旦崩して作り直して渡るタイプ。

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