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【Day2喫茶店】鉄道員だって人間だもの【文披31題】

 とあるどこかのベッドタウン。
 6月半ば。梅雨入り目前にも関わらず、蒸し暑い。今日は見習いの泊まり勤務ではなく、日勤の勤務だった。泊まりでない駅員は、そもそも深夜勤務ができない理由(持病など)があるか、育児介護などの時短勤務、もしくは何か特別な作業のために入るか。泊まりの要員が足りてるからというのもある。今日の私はそれに近い。といっても、同期が見習いで泊っているので、実質自分も見習いみたいなもので、窓口のサポートをしたり、券売機のつり銭補充で、フィルムに包まれた硬貨の束を一緒に割ったり。分からないことを先生役の先輩に聞く前に、まず自分たちで解決できるかな? みたいなスタンスの一日の予定だった。のだが。
 「伊藤!」電話していた当直係長から急に呼ばれる。えーっと、くっさんこと大楠係長。「今日非番の外山が次の電車で来るからな、市役所行くのついてってくれー。非番で一緒に行くはずだった末松が、子供熱出たらしくってな」

 まじでか。うちの峰屋の駅は、他の駅も管轄していて、その外山さん末松さんは他の駅で働いている先輩達だ。当然、配属されて1か月そこそこで顔を合わす機会はわずか、まだあまり話したことはない!  ちょうど先輩が事務室に入ってきた。歳は……30そこそこかなぁ。

 「あ、伊藤ちゃん!今日はごめんねー、倉庫の前に市役所分って貼ってある広報誌の余りあるはずだから、それ持って社用車のところ先行っといて!帽子は置いてっていいから!」

 「は、はい!」
 言われた通りに荷物を持って、勝手口みたいな出入り口から社用車を停めているところへ向かう。外山先輩は別で紙袋を用意してくれていた。袋の数である4つに広報誌を分けて車に乗せる。
 「あれ頼むわ!」
 車の出入り口の鍵を開けに行き、車が出てから閉め、助手席に乗り込む。制服で車に乗ることの違和感よ。
 「伊藤ちゃん、今日は日勤でいてくれて助かったわー! やっぱり何かあったらいけないし、今後この担当引き継ぐってなったときにも話早いし。」
 「外山さんごめんなさい、私今日のこれ何するのか全然わかってないんですけど!」
 「あ、何も説明受けてなかったままきたんかーすまんすまん。えーっと、委員会活動って色々あって、普段の業務とまた別で色々やりたいのをやるんだけど、その中の地域共生のグループの活動なんよね。言い方選ばずに言うと、とりあえず沿線の市役所とコネもっとこうってことで、毎月うちの広報誌をお届けしに行ってます。職員さんたちで読むもよし、来客者に渡すもよしってことで。あと、シーズンになったら地域のイベントで出展してくれないかみたいな打ち合わせもするんよ。」

 「なるほどなるほど。」おー、情報量が多いよぉ。
 「不安そうな顔しなくても、とりあえず僕が話すし、ニコニコしといてくれたらそれでいいから!」
 不安そうな顔ばれてたー。

 うちの駅の管轄地域は4つの市に分かれているそうで、遠いところから順番に巡っていく。最初のところはあっさり。2つ目と3つ目は結構長話になった。2つ目は毎年イベント出展しているところらしい。3つ目は教育委員会から出前授業の話が来るとか来ないとか。そういう中の人の仕事もそのうち頼まれるのかな。思ったより話が長くなったのか、先輩少し焦っているようにも見える。4つ目の市役所に向かうぞという中、車は大手喫茶店チェーンの駐車場に吸い込まれた。あれれ。
 「休憩休憩! 僕はいつものって決めてるし、はい、メニュー。あ、お昼って持ってきてた?」
 「あ、お昼……持ってきてます、お弁当……。」
 「そうかそうか、まぁ、好きなもの選びな?」

 注文した飲み物が届く。先輩はアイスコーヒー、私はクリームソーダ。先輩は何も入れず、ブラックで飲む。
 モーニングのトースト粒あんかぁ……。
 「お弁当あるんで先輩、トーストもらってください。」
 「あー、気を遣わせてごめんね、じゃあもらうわ。それにしてもクリームソーダってチョイスいいね。」
 「いやぁ、私コーヒー飲めないんですよ。それでクリームソーダなのはあれです、昔読んだマンガで『喫茶店に来るとクリームソーダが欲しくなる』って言ってるシーンがあって。」
 「マンガの影響かぁ。ちなみに僕も入社した頃はコーヒー飲めなかったよ。」
 「え?そうなんですか? それなのに今はブラック!?」
 「そうそう、僕、今は適性検査引っかかったから駅にいるけど、元々運転士やっててさ。まー、眠たいの。眠気防止の必要に迫られてさ。最初はカフェオレとか甘いの飲んでたけど、今度糖分が怖くてさ。仕方なくブラック飲んだら案外いけてしまったのよ。」
 「いやいやそんなあっさりいけますー?」
 「ま、わかる日が来るよとは言いづらいけどね、眠気来ないに越したことはないしねー。」

 二人とも飲み物を飲み干し、モーニングセットも豆菓子も食べ終え店を後にする。先輩、ごちそうさまでした。車はすっかりあったまっていたので、窓を全開にして走り出す。
 「いやー、なんとかモーニング間に合ってよかった! 最後行こうか!」
 「え、三カ所目の長話で焦ってたのって、モーニング間に合うかどうかだったんですか!?」
 「そうだよ! だって非番だもん! 眠気覚ましと小腹満たしはいるでしょ? あー、超勤なのにサボりを心配してる? 休憩休憩! その辺はちゃんとしてるし。ま、あんまり人にしゃべって欲しくはないけどな!」


 駅に戻り、係長に戻ったことを伝える。先輩は車の使用簿とか、超勤の実績書とか書いてる。すると今日の泊まってる同期の七緒君がこちらに気付いてやってきた。 
 「あ、伊藤ちゃんおかえりー、何かあったらどうしようかと思ったけど、特に困ったこともなく平和だったよー。」
 「良かったー! じゃ、私昼ごはん食べてきたら、また手伝いに来るねー!」駅の仕事にまだ慣れていなくてひいひい言ってたので、いい気分転換になったかもしれない。ついていけて良かったかも。

【今日の登場人物】
伊藤 晴奈(イトウ ハルナ)
峰屋駅新入社員三人組の紅一点。福井県出身。大学から引き続き一人暮らし。身長も高め。プライベートでは髪はポニーテールにしている。こし餡派。

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