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【Day.5琥珀糖】駅員だって人間だもの【文披31題】

 とあるどこかのベッドタウン。その一地区を作る峰屋駅。時間は9時半となり、各々の持ち場で、前日からの非番者と当日の出番者の引継ぎが終わろうとしていた。営業Aの担務は窓口というか改札の中。俺から、同じく新入社員の伊藤に引継ぎをしていた。窓口のお金の過不足もなし。遺失物の引き取り予定が一件あるくらいで大した内容はなかった。横で日勤者という名目で営業A手伝いの七緒もうなずきながら聞いていた。
 「じゃ、あと頼んだわ――」と言ったところで、事務室の方から呼ばれる声がする。
 「新人三人!」
 どうする? 改札と窓口の持ち場から離れる訳には……、と二人が不安そうな顔をする。俺は帰る所だからいいんだけど。
 「呼ばれてるね、僕一人でここ回しておくし、三人で行っておいで」
 先に、営業Bの引き継ぎを済ませていた三宅先輩が、それを察して声をかけてくれた。
 「「「ありがとうございます!」」」
 事務室の一番奥にある休憩室に呼ばれた。吉良係長が待ち構えていた。
 「先ほどお越しになって、マスターとお話なさった地元の方から! 差し入れを頂いた! 若いのから選びなさい!」
 マスターとは駅長のことである。なぜマスターなのかは諸説あるらしい。そして駅長とは昔から地域の顔役的な部分があるそうで、時に地元の有力者と、定期的に話す場があるそうだ。
 「じゃ、私開けますね……、わ、きれい!」
 こういう包装紙を開けるのが苦手なので、助かる、伊藤。
 中から出てきたのは琥珀糖の詰め合わせだった。数こそ10個程度だが、かなり大粒で、装飾も多い。伊藤がはしゃいでいる。七緒は黙っているが、目を輝かせている。どれにしようか悩んでいる顔だ。別にどれでもいいだろう。俺非番だし、帰る前だし。右端の赤いものを選んで口に入れる。シャリっとした食感からあふれる糖分が、非番の体に染みる。
 「あーー抜け駆け! せーので選ぼうと思ってたのに! ね! 七緒?」
 「あ? 別にどれだっていいじゃねぇか、それならそれで先に言え!」
 肝心の七緒は「赤がないならなぁ、黄色かなぁ……」聞いているのか聞いていないのかよく分からない返事だ。そもそも全員違うのを選ぶ気なら、「せーの」も意味がないはずだ、めんどくさい。
 「えっ、私も黄色がいいかなって思ったんだけど!」
 かぶせるな、相手の選択を聞いた上でわざわざもつれる選択肢を選ぶな。外せばいいだろ。どうして職場で、弟たちの争いもどきを見なきゃいけないんだよ。
 「じゃあじゃんけんで決めよっか」
 高卒に譲れよ大卒。

 「お前らはよ選んで持ち場戻れ!!!!!」
 なかなか持ち場に戻らないことを察した吉良係長からのお叱りが飛んできた。お叱りタイムが数分入ることで、三宅先輩のワンオペが余計に伸びた。さっさと帰っておけばよかった……。

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