雨の小道
夢三夜・第三夜
こんな夢を見た。
どこかの駐車場にいた。車で家族とどこかに来ていた。どうやら目的地に着いたらしい。車から降りる。靴が水溜まりを叩く。雑草の苦い匂いが鼻をつつく。雨上がりだ。
ここはどこかの城公園の駐車場らしい。ただ、これといった証拠は無い。夢特有の場面把握というものだ。周りを見てみる。凸凹のアスファルトの地面。横に長くて白い長方形の植木鉢。緑の植え込み。確かに雰囲気は完全にそれだ。
父母妹は駐車場を出て、随分先を歩いている。置いてかれまいと私は早歩きで追いかけた。
少し行くと、視界の端に大きなものが入ってきた。横を見る。立派な天守閣が、太い道路を挟んだ石垣のすぐ上にどっしりと乗っている。目を細めれば、瓦の一つ一つの模様まで見えそうだ。その石垣は真新しい。天守も足場を組んで工事中である。きっと改修の途中なのであろう。私はふと、丸亀城だ、と思った。これも夢特有の場面把握である。
家族は少し先の石畳の道を歩いていた。道の両側には長方形の形をした石が隙間なく連なっている。ベンチのようだ。雨上がりなのでどれも薄い水の膜を張っている。間違っても座りたくはない。それを挟むようにして街路樹が露に濡れていた。木から葉がはらりと落ち、石の上の水に音もなく引っ付く。ほんのりとした肌寒さも相まって、それはどことなく不気味に感じられた。横の道路からは、水溜まりを轢き逃げしながら行き来する自動車の音が聞こえてくる。私はこの水溜まりをかき分ける音が嫌いだ。それに、雨上がりの舗装された道は不愉快だ。私は早く家族に追いつこうと足を急いだ。
家族に追いつくと、目の前に立派な洋館が現れた。目的地はこれだったのだ。とても立派な建造物。玄関ポーチは石造りで装飾が施された華美なものである。建物自体は全体的に小ぶりだが、これでもかというほどに石や木の装飾が施されていた。また、全体を茶色で統一することで重厚感を与えている。屋根は銅鐸のような色をして、真ん中の屋根は縦に長いものであった。新しさは存在せず、程よい古さで見る者に安心感を感じさせている。
玄関先には看板が出ていた。「洋食屋 桂」と書かれている。レストランだったのだ。その文字を見た途端、自分がお腹を空かせている事実に気がついた。家族はもう中に入っている。私も中に入ることにした。
チリン、とベルがなって扉が開いた。室内は少し薄暗くて暖かかった。内部も全体的に茶色いアンティーク調の家具で統一されていた。それでいて、壁に付いている百合を模した白いランプがその重い圧迫感を上手く逃がしている。なるほど、ここの店主はセンスが相当良いらしいな、と生意気なことを思いながらゆっくりと歩いていった。
どうも人っ子一人いないようである。歩くと靴が木をコツコツ叩いて心地よい。ここだな、とある部屋の前で足を止める。扉を開くと、そこには長机と十脚ほどある椅子が清く正しく並んでいた。とても広い部屋だ。天井からはシャンデリアもぶら下がっている。大層豪華である。見ると、長机の上にはナイフやフォークが鈍く光っている。準備は万端だ。
後ろを見ると、家族がそこに立っていた。座ろうか、と父が言うので皆は部屋に入り席に着く。席選びに誰も迷いは無い。広い長机の四隅にそれぞれ家族が座った。
気付いたら、目の前にステーキがあった。メインディッシュだ。熱い鉄板の上で、肉が喜びの肉汁を四方八方に飛ばしている。野菜たちは申し訳なさそうに端に隠れていた。真ん中に大きな肉塊がその場を占領していて、鉄板は満員電車状態なのだ。ステーキは金塊のようにピカピカと光っている。早く食べろとでも言っているようである。よく焼けた肉の前に、私はもう無力であった。その誘いを断る理由なぞ持ってはいなかった。肉が鼓膜をノックし、肉が鼻腔をこそばし、肉が網膜を遮っている。もう耐えきれず、ナイフ取ってスっと肉に入れる。非常に柔らかい肉。抵抗も何も無かった。そして満を持して肉を口に持っていく。口の中では今か今かと歯が、舌が、唾液が待ちわびている。その瞬間、跳ねた肉汁が私の手首を刺した。思わずフォークを落としてしまう。
しかし、フォークが地面に落ちる音は聞こえてこなかった。
疑問に思い、前を向く。そこには街路樹があった。いつの間にか、私は立っている。長方形に連なっている石の前に、立っている。ステーキは無くなっていた。
びゅう、と風が吹く。水に張り付いた葉が、飛んでいった。