ひろみのナイショ話
「あれ?」
クラスメイトの亜紀が、変な声をあげた。
明日香と陽子が、亜紀の声にあわせて、顔をあげる。
時刻は12時半をちょっと回ったくらい。いつもの中庭、いつものメンバー。
昼休みには中庭のこの場所でお弁当を食べるのが、私たち4人の決まりだ。少なくとも、この4月に前羽根学園に入学して、同じ1年4組のクラス仲間として意気投合してから約半年の間、私たちは一日たりとも欠かすことなく、この場所で昼食をとっている。
多分、来年、進路関係でクラスがバラバラになるまでは、一日たりとも欠かすことなく、この場所で昼食をとり続けるだろう。
もちろん、雨の日はのぞくけどね。
「どしたの?」
亜紀は、私の手元に顔を近づけて、マジマジと手首のあたりを眺めていた。
「そ、そんなとこに顔を寄せないでよ。お弁当、食べられないでしょ?」
「そういえばあんた、今日、いつものリストバンド、してないね」
「あ、そう言えば……」
「本当だ」
明日香も陽子も、まるで驚いているかのように目を見開いていた。……って驚いてるのか。
「あんたら今気付いたのか、朝から私と一緒にいたでしょうが……」
「気付かなかったぁ」
はいはい。
「ひろみがリストバンドしてないとこ、初めて見たよ」
そりゃそうでしょうね。学校に腕輪をつけないで来たのは初めてだもの。
「どうしちゃったの?」
「捨てちゃったの?」
「ひろみのトレードマークだったのに……」
「でも、結構、ボロかったもんね。新しいのは買わないの?」
「買うお金ある?」
もう、3人とも、口々に好き勝手言ってくれるなぁ。
「あ、あれは、今、メンテ……じゃなかった……修理中だから、今日はしてこなかったの」
「修理? ああ、修繕してるのね。さっすが、ひろみ。物持ちがいいね。伊達に貧乏はしてないってか?」
亜紀がからかうように「貧乏」の部分を協調して言うのも、いつものことだ。
誓って言うけど、うちは決して貧乏じゃない。ただ、お父さんが実生活とは密着していない部分に、お金を使いすぎてるだけ。だから、その分、生活費を切り詰めて暮らしているの。世間的には「間違ってる」って言われるかもしれないけど、うちじゃ、それが普通。
そんなこと(つまりはうちの経済事情)もあって、彼女たちは、私の白米しか入っていないお弁当箱に、ちょっとした彩りを与えてくれる。親友様々である。
「違うよ。あれは、ただのリストバンドじゃないの。パっと見、普通のリストバンドにも見えるけど、時計にもなる優れものの腕輪なんだよ。精密機械なの。せ・い・み・つ・き・か・い!」
「ふーん」
「だから、定期的にお父さんにお願いして、点検してもらってるってわけ。わかった?」
「わかったような、わかんないような……」
実は、私、東郷ひろみには秘密がある。
前羽根学園に通う普通の女の子、というのは仮の姿。実は、地球防衛隊所属の正義のヒーロー……、もといヒロインなのだ。
腕輪を構えて装着のキーワードを唱えれば、たちまち、バトルスーツに身を包んだ戦士「勇者革命トライガーン」に変身できる。
もともと地球防衛隊は、うちのお父さんとお母さんが始めたんだけど、今は私がお母さんの志を継いで、日夜、平和のために奮闘してるの。
人が喜んでくれることをするのが大好きな私だから、この仕事はハッキリ言って性にあってる。天職なのだ。天職なのです。多分。
でも、哀しいかな、今の平和な世の中には、戦うべき悪の秘密結社や宇宙からの侵略者が存在しないの。これは正義の味方にとっては張り合いのないこと。平和なのは、いいことなんだけどね。
だからといって、怠けてるわけじゃない。来るべき悪との戦いにそなえて、トレーニングしたり、ボランティア活動にいそしんだりしてるってわけ。
バトルスーツに身を包んだボランティア戦士ってのも、オツだよね。
「それに、あれは、お母さんの思い出が詰まった大事な腕輪なんだからね。捨てたりなんかしないよ!」
そう。あの腕輪は、私とお母さんとを繋ぐ絆、みたいなものなんだ。あれを身に付けていれば、いつだってすぐそばにお母さんを感じられる。
だから、勘違いでも「捨てた」なんて思われたくない。
「はいはい、わかったわかった」
「あれ、ひろみん家って、お母さんいないんだっけ?」
「ほら、あれじゃない? ひろみのお父さんが、全然、お金稼がないから、男作って出てっちゃったんだよ」
「うわ、しょっぱい話……」
「妙にリアリティがあるよね」
ないない。
「もう、憶測でものを話さないでよね! まったく!」
まあ、妙にしんみりされても困るだけなので、こういう冗談みたいなやりとりに流してくれる方が、私としてはありがたい。その辺は、さすが親友。わかってらっしゃる。
だから、私もいつものように、怒ったふりで切り返す。
「ごめんごめん。気を悪くした?」
「べーつにぃ……」
「許せ、ひろみ。今日は私のおかず、いつもより一品多くあげるからさ。許してたもれ」
「ホント?」
わお、それは嬉しい申し出。
「あら、現金なヤツ」
「そんなことナイですよ。でも、食べ物には人を寛容にさせる不思議な力があるのです」
私は、亜紀のお弁当箱から、とりわけ美味しそうなミートボールを奪って食べる。
ん、なかなか美味しい。
「あ! それはあたしの好物だって知ってるでしょ!」
許してね、亜紀ちゃん。これも、地球の平和のための節約なのだよ。ご協力、感謝。
「まあ、許してやんなよ。この間みたいに空腹で倒れられたらたまらないもの」
そういえば、そんなこともあったね。その節はお世話になりました。
「それもそうね。許してしんぜよう!」
「あはは、ありがと」
持つべきものは、以下同文。
「え、ひろみ倒れたの? いつ?」
陽子がきょとんとした顔で聞く。
「あれ、知らなかったんだっけ?」
「うん」
なら知らないままでいなさい、陽子。
「たしか、廊下歩いてたら突然倒れたんだよね。どんくらい前だっけ?」
「忘れちゃったよ」
なんとなく都合の悪い話になってきたので、私は忘れたふりをした。正確には三週間前の水曜日、五限終了後。
「一ヶ月くらい前だったかなぁ」
「そのくらいだよね」
「私も直接見てないから知らないんだけどね、ひろみったら、お腹がすいて倒れたんだよ」
「で、どうなったの?」
陽子は興味津々だ。そんなこと聞かなくてもいいのに。
「こいつ、隣のクラスの男子に保健室まで運ばれたんだよ」
「そうなの?」
「う、うん」
「それって、運命の出会いとかじゃないの?」
全く、何を考えているのやら。
「ねえねえ、その男子って誰?」
「えーと、3組の……、何ていったかな。……あそだ。たしか、乃木ってヤツ」
亜紀ってば、思い出さなくてもいいのに。
「乃木? 聞いたことないなぁ。ねえ、ひろみ、どんな男だった?」
「知らない。私が保健室で気付いたときには、もういなかったから」
「知らないって、お礼も言ってないの?」
私は首を横に振った。
私は、人に何かをしてあげるのは得意だけど、人に何かをしてもらうのは苦手なのだ。ましてや、私の腕にはめられている腕輪はかなりの重量だ。その腕輪ごと私を運んだんだから、かなり大変だったことだろう。何て言ったらいいんだろうとか悩みながら、思い切って声をかけたのを覚えている。
「一度、言いに行ったよ。でも、ぶっきらぼうに『いいよ、別に』って言われただけだから」
「愛想が悪い人だねぇ」
「うん。そんな感じだったなぁ……」
明日香は「そうかな?」と首をひねる。
「どうしたの?」
「いや、乃木君って、うちのクラスの男子とよく一緒に遊んでいるところを見かけるけど、もっとノリの軽いヤツって印象だよ」
「そうなの?」
私は、あのときの彼の顔を思い出してみる。「ちょっと怖いな」っていう印象しか浮かんでこない。
「シャイなんじゃないの? ひろみに声をかけられて、照れてたとか」
亜紀は興味なさそうに、口をもぐもぐさせながら言った。
「照れる? 何でさ?」
「そんなの知らないよ。テキトーに言ってみただけだもん」
昼食をとり終って、しばらくおしゃべりに興じれば、あっという間に昼休みが終わってしまう。
五限目は社会科目だから、授業はみんなバラバラだ。私は日本史、亜紀と陽子は世界史、明日香は地理。だから、ホームルームまでしばしのお別れ。
「ねえ、今日は放課後どうする?」
「ん~、特に予定はないよ。部活もないし」
「じゃあ、何か食ってくか。どこがいい?」
3人は、放課後に寄っていく店を、あーでもない、こーでもないと相談しあっている。
食べる相談だけしていれば女の子は幸せなんですと、言わんばかりだね。わからないでもないけど。
「ひろみはどうする?」
「ああ、私はパス。買い食いなんて贅沢、できないからね~」
「たまにはおごってやるよ。お小遣いもらったばっかりだし」
「ううん。今日は、園芸部の手伝いがあるの。それから、女バレの練習試合の助っ人」
「あんたも好きだねぇ」
陽子がため息交じりに言う。
「お人好しというか、何というか」
「しょうがないでしょ。そういう性分なんだから……」
「はいはい。助っ人でも何でもしてくればいいよ。でも、あんまり無理しないでよね」
「そうだよ。また、倒れるぞ」
「大丈夫だって。亜紀のミートボールも食べたしね」
「あのな……」
気がつくと見慣れた天井。
ああ、ここは保健室のベッドだ。瞬時に理解する。
「起きた? 東郷」
白衣の女性が、覗き込むように私を見ていた。村上先生だ。あまり、心配しているという様子でもない。
「あれれ、村上先生……。ここ、保健室?」
「そ。あんたもすっかり常連客だねぇ」
「私、何でここにいるんですか?」
「覚えてないの?」
村上先生は、あきれたと言わんばかりだ。そういえば、なんとなく、頭がズキズキと痛い。
「待って、今、思い出します……」
私は、園芸部の手伝いが終わったあと、女子バレーボール部の練習試合に参加していたはずだ。
「えーと、中羽根学園との試合で……」
「そうそう」
「何だっけ?」
よく覚えていない。
「体育館に転がってたボールを思いっきり踏んづけて、転んだんだってさ」
それで頭を打って気を失ったのか。何ていうか、我ながら情けない。
「いくら運動神経が良くっても、不注意なままじゃ、おっちょこちょいは治らないよ」
さすがに、温厚な村上先生もあきれている。
「はあ……」
私は、今日は腕輪をつけていなかったから、バランス感覚がくるってたんだ、って言い訳しようと思ったけど、それも情けないなと思って、何も言わないことにした。
「じゃあ、女バレのみんながここまで運んで来てくれたんですね。あーあ、手伝うつもりが、迷惑かけちゃったなぁ」
反省、反省。気をつけないと。
しかし、私の言葉を村上先生はあっさりと否定した。
「違うよ」
「え? 何がです?」
「あんたを運んで来たのは、女子バレーの部員じゃないよ」
「じゃあ、誰?」
「たまたま試合を観戦していた男子」
「男子?」
「試合の流れを止めちゃ悪いからって、1人であんたを運んできたんだってさ」
何となくイヤな予感。
「その男子って?」
「ああ、1年3組の乃木だよ。乃木ユキト」
やっぱり。
ああ、私ってば、同じ人に何度も迷惑を。正義の味方失格だぁ。
「で、彼は?」
「え?」
「その、……乃木さんはどうしたんです?」
「ああ、あんたが倒れるときに軽いケガしたらしくってね」
「ケガ!?」
あちゃあ。
「ああ、ケガって言っても擦り傷程度だよ。だから、傷口消毒して帰ってった」
「そうですか」
「明日にでも、お礼言っときなよ」
「はぁい……。あの……」
「何?」
「彼、何か言ってませんでした?」
「え? ああ、そういえば、何か言ってたな……」
何? それは何?
「確か、『前よりも軽かった』だったかな。ああ、そっか。あいつが東郷を運んでくるのは、これで二度目かぁ!」
「ええ、まあ」
「妙な縁だなぁ。なんだ、東郷。あいつの気を引こうと思ってわざと倒れたのか?」
「そういうわけじゃないですよ!」
「そりゃそうだろう。冗談だよ。東郷にそんな器用な真似できるわけないからな」
「……変な女の子だと思われてますね、きっと」
「いいじゃん。変な女の子なんだから」
「いじわる言わないでくださいよ、先生」
「ま、不注意を治すいいキッカケだ。これに懲りて、もっとちゃんとすることだな」
「は、は~い」
あ~あ、明日、何て言って謝ればいいんだろう。
彼はどんな顔をするんだろうか?
ん?
謝ればいいの?
それとも、お礼を言った方がいいのかな?
う~ん、困った。
亜紀たちにだって、どう説明すればいいことやら。
無意識に、いつも腕輪をはめている手首をさすっていたら、軽くため息が出た。もう、このおっちょこちょいな性格を何とかしないことには、どうにもならないみたい。
「あーあ」
お母さん、正義の味方への道のりは、まだまだ遠いみたいです。
頑張らないと。はあ……。