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一億総発信時代だからこそ
ムスヒは公園のブランコを漕いでいる。
この街にある唯一の公園だ。私はブランコの囲いをへだてた場所にある滑り台の一番下で座っている。
「なんで体操座り?」
「いや、これは三角座りではなかったか?」
膝を曲げ、両腕で膝を抱えている状態をなんと呼ぶのか議論している。
「体操座りだね、絶対」
ムスヒは得意げに端末を取り出して検索を始めた。私はボーっと空を見上げる。今日は雲が多い。薄い灰色の絵の具を筆で掃いたようなそんな空だ。
「別に私が間違えていようと構わない。そんなことは些末なことだ」
私は立ち上がるとムスヒの漕ぐブランコの隣に腰を下ろした。
「お前は、なぜそんなに平静を保っていられるんだ?」
「ん? 何が?」
ムスヒがとぼけた声を出す。
「私はお前を抱きたいと言った。それも唐突に。なのにお前は嫌がる素振りひとつ見せない。どういうことだ?」
「そんな馬鹿げた質問に答えないといけない?」
私はこくりと頷いて肯定した。
「タツヒコも女の気持ち分からないのね、あのお姉さんにフラれたみたいだし」
「なぜ分かる?」
「分かるわよ、そんなの」
私も隣のムスヒに合わせてゆっくりとブランコを漕ぎ始めた。
「ムスヒ、私はお前が知りたい」
「へえ、お姉さんにフラれたから?」
「そうかも知れないし、そうでないかも知れない」
「そういう馬鹿正直なところ、好きよ」
ムスヒがくすくすと笑い声をあげる。
「ね、なんで私がタツヒコを気にかけるか分かる?」
「分からない」
即答した。本当に分からなかったからだ。
「危なっかしいからよ。世間の常識とかそういうものにアンタは縛られない。自由なのかと言うと、でもそれは違う。アンタはなんていうか、自分に縛られている。そんな感じ」
「もっと分からなくなった」
私がポツリとつぶやくとムスヒは首を横に振った。
「ねえ、タツヒコ。あなたは私の何が知りたいの?」
「そうだな、何が知りたいか。何が知りたいのだろう、私は」
「私が聞いているんじゃない」
ムスヒが呆れたようにため息を吐く。私は、人の考えることが分からない。気持ちが読めない。空気が読めない。
「お前の何もかもが知りたい。お前の第一人者になりたい」
「何それ、変なの」
ブランコの立てる軋んだ金属音だけが、夕闇を連れて来た公園にこだまする。
「つまり、タツヒコは私のことが好きなの?」
たっぷり静寂が流れた。やはり聴こえるのは金属音。好き、嫌い、好き、嫌い、好き、嫌い、好き。
「ああ」
「ちゃんと言って」
「好きだ、ムスヒ」
ムスヒがブランコから立ち上がる。
「ね、タツヒコ」
「なんだ?」
「私も、好きだよ」
「そうか」
短く答えると私はひとりごとをつぶやいた。
「誰も彼も二人でいる。誰も彼も一人でいる」
「え?」
「カップルは二人でいても一人だ。一人の人間は内なる自分と会話するから二人だ」
「何それ」
また呆れるムスヒ。
「一人を愛する人間は別の一人に愛される。一人がツラくて嘆いている人間には更なる試練が与えられる」
「うん」
「お前は、どちらだ?」
ムスヒの目を見て問うた。
「私は、どうだろう」
「今は? 寂しいか?」
ムスヒが首を横に振る。
「寂しくないよ。タツヒコがいるから」
そう言ったムスヒが私の正面に来て両手を取る。
「私も寂しくない。私は今まで誰かといてもずっと一人だった。でも今は、しっかりとお前を感じる。離れていても鼓動が聴こえる。何を考えているかが分かる」
「本当に分かるの?」
ムスヒが悪戯に笑う。
「ああ」
「じゃあ教えて」
ムスヒが私の口元に耳を寄せた。甘い香りがした。
「私を愛している」
「ブッブー」
ムスヒは飛び跳ねるようにして私から距離をとると、ブランコの囲いの柵に腰かけた。
「早く咥えたい、タツヒコを。そう思っている」
私は黙って立ち上がり、ムスヒの手を取った。
人を愛するとはどういうことなのだろう? 人を想うとはどういうことなのだろう? ずっと分からなかった答えが見つかりそうな気がした。
「ムスヒ、私に教えてくれ。人間とは何か?」
「盛って腰振って、ちょっとずる賢いお猿さんよ」
「そんなものか?」
「そんなものよ。だって、そうじゃなければ私もあなたも生まれていないもの」
「それもそうか」
私が頷くと手を引いてムスヒが歩き出した。
「ね、タツヒコの家。行こう」
「ああ」
誰かを愛するとは、誰かを理解したいと願うことなのかも知れない。何も分からなかった事柄の輪郭がおぼろげに見えた気がした。
Fin
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