明日がどんなに見えなくても正義は我にありと言いたい
仕事を終えるとムスヒと共に私が隠れ家と称する店に向かった。
二名掛けのテーブルに通され、コートを脱いで席に着いた。
「ここが隠れ家?」
ムスヒの問いに頷く。
「ああ、ここが私の隠れ家その三だ」
「その三なんだ」
ムスヒは何がおかしいのか肩を揺すって笑う。
「その一はお前と言ったあの喫茶店だったが……」
「モリノさんね?」
まずいことを口走ったと思った。ムスヒの表情が固くなったのを感じ取った。
「すまない」
「ううん」
「だから繰り上げでここはその二かも知れない」
「そうね、その二ね」
「ああ」
店員が注文を取りに来たので会話を一旦打ち切った。
「お飲み物、お決まりでしたらお伺いします」
若い女の店員だ。今時珍しい長い金髪である。
「ビールを二つ。あとポテトサラダを揚げたんをお願いします」
通な注文だったからか金髪の店員の表情が緩んだ。
「かしこまりました。ビールお二つとポテトサラダの揚げたんですね」
「ああ」
ひとつ頭を下げた金髪の店員が厨房の方へ下がっていく。
「あの店員、タツヒコに色目を使った」
ムスヒがむくれてこちらをじとっとした目で見つめる。湿度を感じる。
「お前はそんなことに動じるのか?」
「ううん、タツヒコの声もちょっと優しかった。タイプなんじゃないの?」
首を横に振った。
「ドストライクだ」
ムスヒが思わずと言った感じで噴き出した。
「もう!! 馬鹿!! 許す!!」
「すまないな」
そうこうする内に金髪の店員がビールを運んできた。
「お待たせいたしました」
「待ってなどいないさ」
私が言うとムスヒも言った。
「いないさ」
それに店員がこらえきれずに笑った。
「仲がよろしいんですね」
「どうだろうか」
私がそういうとムスヒがむくれた。
「仲がよろしいのです」
今度は小さく笑った店員が言う。
「ごゆっくりどうぞ」
黙って頭を下げて、店員の揺れる金髪を見つめた。ポニーテールにしていたのだ。
「仲がよろしいって言われたね」
「ああ、言われたな」
私とムスヒはグラスを軽く合わせて乾杯した。
「中がよろしいのは私よね」
「また馬鹿なことを言う」
「だーって! タツヒコったらあの時いつもすごい顔してるもの」
無視をしてビールを口に運んだ。
「お前がいいのはそこだけではない」
あえて目を見ず、そっぽを向いて言った。ムスヒは嬉しそうに悶えている。
「なぜ人間は着飾るのだろうな」
私のつぶやきに対するムスヒの返答はない。
「なぜ先ほどの店員は髪が痛むのに髪を金色にしてるのだろう。なぜお前は黄色の派手なセーターを着ているのだろう。なぜ私は肩が凝るのに屋内でジャケットを着ているのだろう」
「なんでだろうね」
ムスヒはゆっくりとグラスを持ち上げてビールを口に含んだ。
「お前は疑問には思わないのか?」
「うーん、だって人からよく思われたいでしょう?」
「私はそれには同意できない」
「まあタツヒコだもんね」
金髪の店員が料理をテーブルに運んできた。
「お待たせいたしました。ポテトサラダの揚げたんです」
テーブルに置かれたのは俵型のコロッケである。だが種には店のポテトサラダが使われていて、今日のポテトサラダは鰹の塩辛である酒盗が入っている。
「ありがとう」
私がそういうと店員は笑った。
「なぜ君は髪の毛を金色にしているんだ?」
私の問いに彼女は驚いたようだ。
「えっと、なんでだろう?」
「理由はないの?」
ムスヒが身を乗り出して店員に問うた。
「そうですね……。なんとなくですね」
店員は照れたように頭の後ろをかいた。
「そうか、なんとなくか。ありがとう。参考になった」
礼を言い終えたあといくつかツマミを注文すると、店員はまた厨房の方へ下がっていった。今度は小さな尻を見つめた。
「何か答えは出た?」
ムスヒの問いに少し私は考え込んだ。
「彼女は気が付いていないが、どこかに彼女が髪の毛を染めた理由がある。お前がそのセーターを着ていることにも理由がある。姿かたちはある種の解だ。根元に問いがあると私は思う」
「ごめん、分かんない」
「根源的な欲求があると私は考える。その根源的な欲求を解き明かすことが出来れば、人はみな幸せに向かえると私は思う」
ムスヒは呆れたように笑う。
「今の話はとっても難しい。私はどんな問いを立てたんだろう? どんな根源的な欲求があるんだろう?」
「それは単純なものかも知れない。複雑なものはこの世界に存在し続けられない」
「また、難しいこと言うわね」
私はポテトサラダの揚げたんを半分に割った。二等分するつもりだったが、片方が少し大きくなった。小さい方を自分の皿へと運んだ。
「この世にはっきりしていることなど、自分の気持ちくらいのものだ。相手の気持ちも時には自分の気持ちさえも分からなくなる」
「そうね」
「だから」
「何?」
「お前を伝え続けてくれ。私も自分を伝え続ける」
「分かった」
ムスヒの笑顔に自分の中に温かな感情が宿ったことを感じた。
Fin