驕れば折れる、謙れば垂れる、誇れば伸びる
ムスヒと花屋に来ていた。まだ寒いが花屋に並ぶ花は春の物が多く、どれも発色がよくて目が喜ぶようだった。
「キレイね」
ムスヒが隣で笑っている。
「ああ、キレイだな」
私も同じように笑った。私たちの付き合いは穏やかなものだった。たいてい私の行きたい場所に勝手にムスヒがそこに着いてくる形が多かった。
今まで女性と関係を持っても、自分のプライベートなスペースはあまり侵されないようにしてきた。だからこうして自分の馴染みの場所に恋人にあたる女性と足を運ぶのは初めてのことだった。
ヒゲ面の男性店長が店の奥から姿を現した。
「こんにちは」
「こんにちは」
店長が挨拶をしたので、私も挨拶を返した。ムスヒも隣で頭を下げ、こんにちはと言っている。
「今日はお一人ではないんですね」
店長の言葉にうなずいた。
「ええ、今日は一人ではないのです。恋人と連れ立って来ました」
隣でまたムスヒが頭を下げる。
「あー、そうなんですね! お客さんウチのスタッフの間で人気高かったからみんなショック受けますよ!」
店長が大げさなリアクションをとって見せた。
「女性を悲しませるのは本意ではないが、仕方ないでしょうね」
私が言うとなぜかムスヒが私の肩の辺りをひとつ強く叩いた。
「なぜ叩く?」
私が問うとムスヒは名前の通りむすっとしてしまい、何も言わない。そうこうしている内に女性の店員が奥から出てきた。
「あ、こんにちは!」
「こんにちは」
私が返すとやはり女性店員の目線はムスヒへと向かった。
「え、彼女さんですか?」
「恐らくそうだ」
私が言うとまたムスヒが肩を激しく叩いた。みんなで声を合わせて笑った。
「タツヒコ、恐らくって何よ」
むくれたムスヒは人前であるのに私をなじる勢いだった。
「すまない、癖だ」
「どんな癖よ!」
私たちのやりとりに店長と店員が笑う。
「アンタの恥ずかしい癖、暴露してやろうかここで!」
「すまない、訂正だ。紛れもなく恋人だ」
私がそう言って頭を撫でると、ムスヒは猫のように嬉しそうにした。まるで喉が鳴っているのだろうかと思ったほどだ。
私たちが公衆の面前で仲睦まじげにしたからか、店長は少し気まずそうにしながら問うた。
「今日はどんなお花を探しているんですか?」
「ああ、そうでしたね」
私は頷いてムスヒを見た。
「彼女の好きな花を」
「おおー!!」
女性店員が色めき立った。隣にいるムスヒの体温もガッと上がったように感じた。
そこからムスヒが真剣に花を見つめはじめた。チューリップ、ラナンキュラス、スイートピー。色はピンクから紫、黄色と様々。
「今月はスイートピーの日なんです」
女性店員が言った。
「私、今月が誕生日なんですけど。昔祖母からよくスイートピーをもらっていました。チューリップの次に覚えたお花です」
ムスヒは女性店員の言葉を一言一句聞き逃さないようにじっと目を見つめて話を聞いていた。だからか、すっとスイートピーを指さした。
「ありがとう、お姉さん。このお花の黄色を」
「かしこまりました」
女性店員が柔らかく笑った。
「一本では寂しいだろう。五本程度買おう」
「買おう」
ムスヒがなぜか私の言葉の語尾だけを復唱した。
「はい、では五本ご用意します」
店員に礼を言って、私は会計を済ませるためにレジカウンターへと向かった。
「素敵ですね」
レジで向かい合わせになるなり店員が言った。
「ああ、私が選んだからな」
「お花のことじゃないですよ?」
店員の疑問に答える。
「ああ、恋人のことだ」
「ふふ、変な人」
店員の言葉に首肯する。
「よく言われるな」
包み終えた花束を受け取り、ムスヒに手渡した。ムスヒは顔全体をパーッと輝かせて喜んだ。
「ありがとう」
この笑顔だ。この笑顔が私の心をつかんで離さない。店を出るとまたムスヒの頭を撫でた。
「私の方こそだ」
ムスヒがまたまぶしい表情をした。
Fin