見出し画像

カンボジア|サンブール保健センター建設

2014年、29歳の時に、小学校を建設した村で、生後22日目の赤ちゃんを肺炎で亡くしたお母さんと出会いました。

赤ちゃんを亡くしたご夫婦

お母さんは、赤ちゃんの呼吸が早くなっていることに気付いていたようですが、病院までの交通費が捻出できず、受診をためらったそうです。

いよいよ、赤ちゃんの状態が深刻になった時に、村長に借金をしてタクシーで州病院に向かいましたが、病院に向かう途中で、赤ちゃんは亡くなっていました。

お母さんは赤ちゃんの呼吸が止まっていることに気付かず、州の病院に着くと、お医者さんに赤ちゃんが亡くなっていることを告げられたそうです。

それから、お母さんはタクシーにもう一度乗り自宅に帰り、自宅の近くに赤ちゃんの遺体を埋めました。

お母さんには、借金だけが残りました。

カンボジアの農村部でよく使われるタクシー

泣きながらその時の話をしてくれたお母さんを見て、赤ちゃんが亡くなって悲しくないお母さんはいない、子どもを失った悲しみは世界共通なんだろう、と思いました。

そんなお母さんの涙をとめたい、笑顔にしたいと、できることを始めました。

2016年、長崎大学大学院の熱帯医学講座に通い、適切な処置を施せる助産師さんが出産に立ち会うなど、基本的な医療サービスを提供することで、新生児死亡を約4割減らすことができる(*1)ことが分かりました。

また、1割程度の赤ちゃんは呼吸していない状態で生まれる(*2)ため、「新生児蘇生」という赤ちゃんを救う技術が重要だということを知りました。

基本的な医療で赤ちゃんの命を救えるなら、まずは行動をしてみよう、新生児蘇生法を自分でマスターして広めようと、講習を受けに行きました。しかし、総合診療医である自分が身に着け、教えることは至難の技だと思い知らされました。

それでも、あちこちに連絡を取り、建設した小学校へ支援をしてくれていた国際NGOワールド・ビジョン協力のもと、お母さんと赤ちゃんの命を守るための病院建設を進めていくことになりました。

サンブール地区へ向かう道中

その候補地として挙がった、タイの国境沿いにあるカンボジアのバンティ・ミエンチャイ州にあるサンブール地区を視察。

サンブール地区では、伝統的産婆と呼ばれる医学的な教育を受けていない助産師さんが立ち会う危険な出産が一部残っていました。出産時に適切な処置が行われていないことに加え、出産直後のお母さんと生後間もない赤ちゃんを、2週間ほど薪でいぶすという文化があり、赤ちゃんは常に肺炎をはじめとする命の危険にさらされていました。

いぶされているお母さん

さらに旧サンブール保健センターは、政府の建設基準も満たしていませんでした。設備不足に加え、老朽化で雨季には風で建物が揺れたり、出産の際に天井が落ちたりと危険な状況でした。そのため、傷病や産前後検診で通院が必要な住民は、ほとんど保健センターに足を運ばず、高額な医療費を払って私立病院を受診していました。

老朽化が進んだ旧サンブール保健センター
柱にヒビも入り、危険な状態でした

このサンブール地区でも、生まれてすぐ赤ちゃんを亡くし、泣いているお母さんと出会いました。

お話を聞いていると、設備や技術が整った新しい病院ができるなら、今度はそこで産みたい、と言ってくれました。

サンブール地区で出会ったご夫婦

2017年2月、国際NGOワールド・ビジョンとの共同事業として、サンブール保健センター建設支援事業を開始。

建設および水衛生設備の整備に必要な資金のうち、クラウドファンディングで4,837,000円を約300名の皆さまにご支援いただき、事業に取り組むことができました。

温かいご協力・ご支援、本当にありがとうございました。

2018年夏、サンブール保健センターが開院しました。

新しくなったサンブール保健センター
開院記念式典では笑顔があふれました

赤ちゃんの命を救いたいと模索していた中で出会った、小児科・新生児科医の嶋岡鋼先生(現認定NPO法人あおぞらプログラムディレクター)のご協力のもと、開院記念事業として現地助産師を対象に新生児蘇生法講習会を実施しました。

嶋岡先生による新生児蘇生法講習
新生児マネキンを使用したトレーニングを実施

サンブールで出会った赤ちゃんを亡くしたお母さんは、新しくできた保健センターで講習を受けたスタッフのもと、無事に元気な女の子を出産しました。

ご夫婦のもとに、新しい命が生まれました
©︎World Vision
元気な女の子です
©︎World Vision

2023年9月、久しぶりにサンブール保健センターを訪れると、赤ちゃんだったお子さんは、成長して5歳になっていました。

お母さんの携帯を借りて、動画に熱中している女の子を見て、これで良かったと少し思えました。

患者さんは、幸せな時というよりは、どちらかというとその反対の時に、病院や医療者と出会います。

当たり前ですが、医療者はその悲しみを少しでも減らそうと、努力します。

患者さんが治ったら、病院に来ることはほとんどなくなり、医療との関わりは薄れていきます。

遠くから、健康な姿をながめる。
それは医療者にとって、一番嬉しいことなのかもしれない。

元気な女の子の姿を見て、そんなことを思いました。

5年ぶりに再会、元気に成長していました

<出典>
*1 世界保健機構「WHO and Maternal and Child Epidemiology Estimation Group」、2018年
*2 総務省消防庁「日本版救急蘇生ガイドライン2020」、2021年


サンブール地区・保健センターについて(2023年時点)

サンブール保健センターは、サンブール地区の住民に加え、その周辺地区・村からも患者が来院するなど、たくさんの方に利用いただける医療施設になりました。

  • 地区住民:約8,000人(約1,700世帯)
    *うち約900人は5歳未満児

  • 外来患者数:年間 約15,600人
    *2020年比で約1.3倍に増加

  • 出産件数:約7件/月
    *2020年比で1.75倍に増加

  • 妊婦検診患者数:約50人/月


認定NPO法人あおぞらについて

認定NPO法人あおぞらは、全ての命が大切にされその人らしく生きることができる社会を目指す国際協力団体です。「とどける」「ささえる」「つたえる」をキーワードに、途上国を中心にさまざまな医療支援活動を行なっています。

あおぞら活動は、皆さまからの温かいご支援により支えられております。

生まれてくる赤ちゃんを救い、命がけの出産からお母さんを守るために。
涙を減らし、笑顔を増やすために。

皆さまのご支援・ご協力をよろしくお願いいたします。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?