見出し画像

SS ⑤ 「見えないところに人が集まる」

電柱と電線が街の景観を邪魔していると言われて久しい。

電力会社もよくわかっているが、「地下埋設化の費用を誰が持ってくれるんだ」ということ。

そんな巨大公的企業を救うような技術が生まれた。それは透明な電柱と電線。完全な透明ではないが、海の中で見るクラゲよりも透けている。もちろん旧来の電柱と電線に比べたら、全く目立たない。試験的に置き換えてみたら、「街の空が広くなったようだ」と街の人の声。

電柱としての強度は充分にあり、電線は通電効率も旧来のものにやや劣る程度。柔軟性があるので風にも耐えられる。コストは上がるものの、地下埋設に比べたらはるかに安い。これの凄いところは紫外線を透過しないため、特殊レンズのゴーグルをかけるとはっきり見えること。なので、電気工事会社による保安工事も特に差し障りは出ていない。

電力会社も電柱電線の置き換え工事を進め始めたところで、一つ問題が生まれた。ほとんど見えないため、慣れた人々が存在を全く気にしなくなって来た頃からぶつかる人が出てきた。遅刻しそうな若い会社員が全力疾走で見えない電柱に激突し、大怪我。ニュースに大きく取り上げられた。その翌日には車の接触事故まで発生。ちょっと狭い道ですれ違いになり、路肩に寄せた車が電柱に気付かずにゴリゴリと擦ってしまった。こちらはニュースにはならなかったが電力会社は賠償することになり、経営幹部らは対策会議を開催。

あれこれとアイデアは出るものの、なかなか妙案が無い。ピッピッと音を出すという案がかなり前向きに検討されたが、聴覚障がい者にとってはなんの役にも立たない、との極めて当然の指摘により打ち切り。会議参加者が疲れきって来た5日目、広報担当の女性役員が言い出したのが「いい匂いを出すのはどう?」

電柱に同じ素材のほぼ透明な箱を取り付け、中に芳香剤を入れる。3メートルほど拡散するくらいの強さを持つので近づくと気づくが、人間を心地よくさせる香りであれば誰も文句を言わないだろう、と。

このアイデアが採用され、早速著名な化学品メーカーに協力を要請。気温変性にも強く、ラベンダーの様な柔らかくて人々を強く惹きつける香りを持った芳香剤が完成。電力会社がS県W市でこれを試してみると、市民アンケートでは良好な結果。早速、全営業エリアに展開。歩行者がぶつかる事故は無くなった。

面白いのは、誰もが思わず電柱に寄って行って、匂いを嗅いでしまうこと。いくら良い匂いでも車のドライバーにはわからんだろう、との懸念はあったが、良い匂いを嗅ぐために立ち止まる人が次々と現れたことで、車もそこに電柱があることが視認できる様になった。まさに結果オーライ。

開発した化学品メーカーの株価がうなぎ登り。毎年確実に売上利益を産む商品ができたので、業績は飛躍的に上がった。電柱の良い香りに魅せられた人たちから家庭用への展開要望も出て、着手。電力会社に頭が上がらないと笑いあっていたある日、とんでもない知らせが届いた。

消費者グループNPOの検査により、この芳香剤に重度の中毒性があることが判明したのだった。

いいなと思ったら応援しよう!