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SS 27 「声はすれども」

文字も画像も無い、音声だけのSNS。なんとは無しに始めてみた。

僕は身長170cmと身長は平均的ながら陸上の投擲競技を続けてきたので、自分で言うのは恥ずかしいがかなり鍛えた身体をしている。顔もどちらかと言うといかつい系と言われる。ところが、声は妙に高い。声変わりの時期はとっくに過ぎているのに、子供の時のまま。合唱でソプラノができるくらいで、電話をすると大抵女性だと思われる。
そんな自分が声だけだとどんな風に思われるのか。中性的なハンドルネームをつけて、登録してみた。

ある日、眠る前にログインしてみると誰かが入ってきた。女性らしい。挨拶みたいなことから始まって、互いに自分のことを少しずつ語り始める。向こうは僕のことを女性と思った様だ。ちょっと後ろめたい気持ちもあったけれど、そのままにした。大したことは話していないのだけど、なぜだかほんわかした気持ちになる人だ。「また、お話ししましょう」とこの日は終わった。

そんな会話が何度か続く。彼女はとても細やかな性格なのに、周りからは大胆で行動的だと思われていて、それを否定できない自分に悩みがあるらしい。僕とは違った形でギャップがあるのか。ちょっと共感を覚えながら、彼女の話に耳を傾ける。アドバイスみたいなことは何もしていないのだけれど、彼女は「なんだかホッとする」と言う。

ちょっと肌寒い10月の日曜日、映画を観に出かけた帰りに公園のベンチで一休み。辺りに誰もいないので、スマホからSNSに入ってみた。少しして彼女が入ってきた。なぜだか泣き声だ。「大したことじゃない。でも、あなたと話せて嬉しい」と。

話をしながらベンチを立つ。スマホを耳に当てながら、ゆっくり歩き始める。反対側の耳から彼女の声が聞こえてくる。思わず「えっ」と声が出ると、こちらを見ている女性がいた。彼女がそこにいた。

初めて顔をあわせる。
「僕、こんな声だけど本当は男なんだ。ごめん」
「知ってた。話し言葉がどう聞いても男だもん。でも、こんなガッシリして強そうな人だとは思わなかった。声と全然違うね」と笑う彼女。

「いつも話を聞いてくれてありがとう。本当に嬉しかった。でも、会いたくなかった。こんなに大きいなんて思わなかったでしょ」と顔を伏せる彼女。多分、190cmはありそうだ。男女問わず、かなりの身長。腕と脚が長くて、スポーツができそうだと思われるのも無理はない。でも、いま僕の前にいるのは彼女の細やかな心。話をしている中で流れる様に変わっていく声のトーン。彼女の表情も同じ様に移り変わっている。見ている僕はなんだか嬉しくなってきた。思っていた通りの人だった。

「よかったら、一緒に歩かないか」
ちょっと驚いた後に少し微笑む彼女。初めて会った僕らは2時間も一緒に歩いた。

声だけ。そんな出会いだから見えたものがあった。昔だったらできなかったこの出会い。いまの時代に生きていることが初めて嬉しくなった。

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