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SS 38 「流浪」

また一つ、国境を越えた。ここはベルギー。

ありがたいことに母国のパスポートがあれば、地続きのヨーロッパではほとんどの国にビザ無しで入れる。

僕の仕事は雇われ料理人。コンクールの受賞歴や有名店でシェフをした経歴のおかげで、どの国でも仕事がもらえる。とりあえず食うには困らない。私の料理を美味しいと喜んでくれる人たち。懸命に働いて、笑顔がもらえる仕事。料理人になってよかったと思う。そして、また次の国に行く。こんな生活になって、もうすぐ3年になる。

そんな私はノマドシェフ、流浪の料理人と呼ばれているらしい。

しかし、私は望んでこうしている訳ではない。

今は母国に帰りたくても帰れない。

母国は隣国の侵攻を受け、占領下にある。母国文化は尽く迫害されている。料理もその一つになってしまった。

私は母国文化を守るために母国を出た。亡命するつもりはない。必ず自分たちの国に戻った母国に帰る。
私の料理を愛してくれる他国の人たち。彼らが助けになってくれるのを信じて、今日も厨房に立つ。

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