見出し画像

SS 54 「支払い方法はなんですか」

非接触支払いが完全共通化してから、現金を使う人がいなくなった。紙幣や硬貨の発行枚数がほぼゼロになったことで、国費も少しは削れたらしい。しかし、財布を売っているのも見なくなった。いまだにスマートフォンを持っていない人もいるけれど、支払いカード1枚で済むのに財布を買う人はいない。お金の使い過ぎが一時期大きな社会問題になっていたが、一週間と一ヶ月それぞれで使用目処金額を予め決めて登録しておくと、通知メールが来る様になって随分落ち着いた。スマートフォンが無い人には、超過した時の買い物端末から音声で「目処を超えました」と言われる。ちょっと恥ずかしいが。

国境を超えても共通なので、外貨両替も無くなった。いま、通貨の世界共通化が検討されていると聞く。そうなれば、自国通貨への換算も気にしなくて済む。一方で、為替差も含めた物価差を使った差益狙いの貿易はできなくなる。まあ、世界共通化は簡単では無いだろうが。途上国に合わせれば、先進国では価格高騰。先進国に合わせれば、途上国では補助通貨が必要になり、そうなると共通化の意味が薄れる。でも、もし実現化したら国境を越えた公平性は相当進展するのではないか。

そんなことを思いながら、5年ぶりに両親の住む家に帰ってきた。私は移民としてA国に住み始めたので、帰省は海外旅行になる。両親は惣菜屋を営んでいる。家に帰ると、早速その惣菜を並べた夕飯を美味しく食べた。いやあ、美味い。

すると母から一言、「売り物の惣菜の代金は払ってね。最近税務署がうるさいから。家族用に私が作ったのはいらないよ」。親子でもか、と思いながらもまじめな母がいい加減なことを言うわけがないのでスマホを取り出す。すると母からもう一言。「あっ、うちは支払いシステム入れてない」

えっ。いまだにそこは拘ってるのか、今の時代にそんなことしたら商売にならないだろう、と驚く私に「だから、物々交換になってる」とまたまた母が言う。
店のお客さんは衣類だったり、ご自分の商売での扱い品、時には貴金属を持ってくる人までいるらしい。しかし、それで税金をどうやって払うのか。
「物納よ」「仕入れや電気ガスも物で払ってる」「食材は裏の畑で採る。そこだけは変わらないねえ」
そんなことがあり得るのか。

どうやら、システム導入は便利さ故に放っておいても進むだろうと考えた政府が、制度上で強制力を持たせなかったのがここで問題になった。一方で流通貨幣が激減しているので、現金決済もできない。税務署や電力ガス会社も最後は折れるしかなかったらしい。システムを頑なに拒む店主に、愛着を持って買い続ける常連客たち。それは想定外だった様だ。税務署側では物納品を換金して税収計上している模様。

さて、私の惣菜代を何で払えばいいのか。
「店の掃除したら、私と父さんの肩揉んで。サービスの物納だね」
何だ、結局親子だからそんなことになるのかと思っていたら、父がカメラで動画を撮っている。税務署にこの動画を見せると税額計算上で費用と相殺するらしい。聞けば聞くほどすごいが、「一人暮らしの若い子にはそうやって売ってるんだ」と父が言う。そういう人情はこの町に変わらず残っているんだな。

いいなと思ったら応援しよう!