見出し画像

【閉鎖病棟入院⑧〜それぞれの事情編】


同室の隣のベッドに、ギャルなみんちゃんが、保護室からお引っ越ししてきた。


みんちゃん(以下みんgal)とはすぐ仲良くなり、お互いのベッドを行ったり来たりした。



目の前の“どうしようおばあちゃん″は大人しく、私たちの様子を見ている。


みんgalは
『あたし女社長なの!ジェットも買ったばっかで、まだ一回も乗ってなくてさ…突然入院になったんだよー、悔しい!!』
相変わらずハイテンションだ。

『女社長?すごいじゃん?』 

派手なアッシュグレーの髪色に、ド派手なネイル(ネイルの蛍光グリーンは、自前で購入したジェットと同じ色だった)、腰と太ももには大きなタトゥーがバッチリ入っていた。
一見、“社長″には見えなかった。

何の業種だろう…


みんgalは、錯乱状態でココに入院する際、家のどこかでスマホをなくしたと言う。


私のスマホを使い、自分の会社のホームページを見せてくれた。


『!!!!スゲ〜!!やるね!!』


みんgalは車関係の会社をしている女社長だった。入院中は自分の右腕に仕事を任せていると言う。
大型免許も持っている。
すご!!



小柄で華奢なみんgalは、とても馬力がある。
ギャルと言っても、私やヒナタ姉さんより一回り年下のギャルだった。


私とヒナタ姉さんと言えば
『eggポーズ、スミスのルーズソックスにアルバ、ミ・ジェーン、エゴイストにココルルだよねぇ!』
で通じる。
元ギャルの私たちはその話で盛り上がった。



一方みんgalは、同じギャルでも一回り違うんだ。彼女の崇拝する人物を聞いてみる。

『あたし、元キャバ嬢の“りょう様″の大ファンでめっちゃ尊敬してるの。誕生日もモンローグレイスのフルセット買ってもらったんだ!』

なるほど…“そっち系″か…若いな。

確かにハイトーンに染めた髪にモンローグレイスは良いと評判で、私も一度購入した事がある。
某大手メーカーとコラボしたその商品は、ハイトーンの髪をしっとりとまとめてくれる。だが割高で続かなかった。

みんgalは、現在はゲンキング監修のシャンプーを使っているらしい…
ヒナタ姉さんと一緒じゃないか!!
類友だ。



早速、ヒナタ姉さんが病室の入り口まで遊びに来た。
『おはよ〜!よかったね〜!一緒の部屋で…アタシもコッチに来たいなぁ…』






みんgalの話は続く。


『あたし、やりたい事が多すぎて、宅建も取りたい、ジェットも早く乗りたい、アメリカにもまた行きたい…時間が足りないんだよー!!』


すごい向上心だ。
彼女は自分のお母さんに頼んで、宅建の資格取得の本を2冊持ち込んで読んでいた。



『ねぇ、保護室どんなだった?何でココに入るコトになったの?』


『保護室ではほとんど寝てたよー!
てかさ、自分でもよく覚えてないんだけどね…アレルギーの検査しようって母に言われて気づいたらココだよ。
たぶんだけど双極性…なんだと思う。
“躁状態MAX″の時、周りから見てヤバいな〜と思われてたんじゃないかな…みんな心配してると思う…』



閉鎖病棟で仲良くなった5人、自分も含めて、周りもどちらかといえば“鬱″っぽい要素を持つ者が多かった。

私は人生で初めて出会う“躁″状態の彼女に、聞きたいことがたくさんあった。


彼女は、これまで躁状態の人にたくさん出会ってきたと言う。
どこで出会うの??


『例えばだけど、“自己啓発セミナー″みたいな場所に行ったら、あぁ、この人も躁なんだなってすぐ分かるよ!いっぱいいる。』


へぇ…そんな感じなのか…彼女にはそう見えるのかもしれない。


『でね、自分は何でもできる!寝る時間もいらない!ってMAXまでいくの…そしたら今度は体が泥みたいに重くなって…途端に真っ逆さま、鬱に突入よ…』
みんgalは、私のベッドの上であぐらを組み、ケラケラ笑いながら話す。 


『なるほどね…今も若干テンション高いよね?しんどくない?』



『いや、ぜーんぜん!あれもやらなきゃ、これもしなきゃ!むしろ会社の事が気になって仕方ない!宅建もとらなきゃ!!』



ひと通り話し終えて、みんgalは持参していたUGGのミントグリーンのふわモコサンダルを履き、パカパカと歩いて行った。
あ…真夏に履くんだ…UGGのふわモコサンダル、私も同じやつのピンク持ってたな…オソロだ…ミントグリーンも可愛いな。
ハイトーンアッシュの髪色にUGGのふわモコミントグリーンは合うな…真夏なのに暑苦しくない。






不味い昼食を食べて、今日は心理学生クンの出所日だ!という事で、皆で閉鎖病棟の出口ギリギリまで見送りに行った。



『またねー!じゃねぇよ!
もう戻ってきたらダメだよ〜〜!!』



たった1週間だったけれど、5人で過ごした日々は忘れられない。
目の奥がツンとし、涙が出た。
仲間が1人、出所した。





みんgalが入り、人数はプラマイゼロだが、京極が唯一の男メンバーになった。






その日のおやつタイムに、新たなメンバー、みんgalも含め、私たち6人は広間でお菓子を食べていた。


いつも私たちの周りをウロウロし、時たま話しかけてくるシンちゃんという男性患者が、ポツリと放った言葉で、一同静まりかえった。  


『オレはみんなみたいに、自由におやつも食べれん。はよ、家に帰りたい…』



『シンちゃんどしたの?』



『オレは早くお母ちゃんのところへ行きたい…生みの親は死んで、育ての親には捨てられた。
オレが帰るって言ってもグループホームや…
もう生きててもしゃあないんや、早くお母ちゃんのとこ行きたい…』



私はシンちゃんの事情を何も知らなかった。
思わず自分が持っているクッキーの小袋をシンちゃんに渡そうと差し出した。



『ココは菓子一個でも、もろたらあかんねん…ええ、いらん。』




真面目なシンちゃんは、菓子ひとつ受け取らない。



『生きるのがしんどい…オレなんかおらんでもええねん…』



『生きるのってしんどいよね…分かるよ…』
ヒナタ姉さんが目を真っ赤に腫らしている。

陽気な、みんgalも『しんどい…よね…』と漏らした。


シンちゃんの病名な不明だが、私より少し年下で、いつも紙オムツを身につけている。

大相撲と政治の話が大好きで、先日はシンちゃんと竹田恒泰さんの話で盛り上がった。
と思っていたら、いきなり“ジョーカー″や高級ポルシェの写真をラミネート加工した物を突然見せてきたりする。



『シンちゃん、グループホームに帰ったら、また仲良い人が待ってるよ…
今日は具合あまり良くない?』
ヒナタ姉さんが語りかける。



『グループホームに帰っても、誰も待ってないわ。はよ、お母ちゃんのところ行きたい…』



シンちゃんは、天涯孤独でグループホームに身を置き、障がい者年金と生活保護で暮らしていた。
“お小遣い帳″に入っている金額も少なく、皆のように自由に買い食いができない。看護師に管理されていた。
毎日うまい棒1本とコーヒー牛乳のみ。
週末は“ご褒美″として、売店のカップ麺を美味しそうに食べていた。
私は何ひとつ気づかなかった。


『生きるのがしんどい…』



シンちゃんの事情を初めて知った私は、たまらなくなって自室に戻り、声を押し殺して泣いた。



色んな背景の人がいる、シンちゃんには面会人が誰も来ない。
お菓子ひとつでも…悪かったな…
涙が止まらなかった。



シンちゃんはその夜、広間に出てこなかった。






京極に凛ちゃん、ヒナタ姉さん、センセイこと月夜さん、みんgalに私、この6人で夜は広間に集まり、思い思いのことをした。

月夜さんだけではなく、みんgalも絵を描くを知った。みんgalの絵はポップな車の絵だ。
生粋の車好きらしい、かわいらしい絵だった。

みんgalが描いた絵の周りに、皆で“らくがき″をしていく。ドラえもん、スヌーピー、アンパンマン…それぞれのらくがきの癖を見つけては笑い転げた。

その横で月夜さんが少女のイラストを書く、ぬり絵集が出せそうなほどだ。
私は楽譜の譜読み(物凄く高音の小さな音符)をしたり、中2数学の問題集を解いては間違えて舌打ちを繰り返した。

みんgalが、英語の疑問文を教えてほしいと言ってきたので、5W1Hをベースとした、基本的な英文をノートに書いたりもした。彼女は、駅前留学で流行った英会話学校に通い、アメリカとニューカレドニアへ行っていた。
すごい行動力だ。


就寝ギリギリまで話すのは、京極と凛ちゃんと私の3名。眠剤が中々効かない組だ。



部屋に戻ると、みんgalも小さいおばあちゃんもスヤスヤと寝ていた…









…しよう、どうしよう、どうしよう…



時計の針はまだ午前0時をまわったところだ。

あぁ…始まった…無視して寝ようと思った。



『どうしようどうしよう、どないしよう…』
ガサガサとビニール袋の音がしだした。

隣のみんgalは、スヤスヤ眠っている。


『おばあちゃん、大丈夫?』
わざと大きめの声でカーテン越しに声をかけた。


『…大丈夫です……どうしようどうしようどうしよう…』ガサガサッ、ドン…

完全に目が覚めた。
こんな夜中に何をしてるんだろう…通帳でも探してるんだろうか…



『大丈夫?おばあちゃん、看護師さん呼ぼうか?』



『いや、ええです………しよう、どうしようどうしよう、どないしよう…』ガサガサ…ドン、バタン…

私は反射的にナースコールを押していた。
“前の患者さんが、どうしよう始めました…どうしましょう?″と。

その間も大きな物音をたて、どうしようどうしよう…と次第に声が大きくなった。



『なーに、何してるの?今、真夜中だよ…探し物は明日にして寝ようよ。ね?みんな寝てるから。』

夜勤のベテラン男性看護師が飛んできた。



『…………』



やっと静かになった……
看護師が詰所に戻る。



『ワタシはな、看護婦が来たら喋らんねん』



確信犯だ!
以前も看護師が来た時『何でもありません』と言っていたことを思い出した。
ムリ!
いくらおばあちゃんでもコレはムリ!!



私はその足で詰所までツカツカと歩き、今の言葉通りのことを看護師に話した。


寝れない、というより睡眠妨害が1番のストレスだ。
前のピンク住人といい、これで2回目だ、何のための入院だ!

だからこのおばあちゃん、4人部屋でたった1人ぼっちだったんだ…皆の言葉を思い出す。




『頓服もらっても寝れる気がしないんですけど…』


『そうだね…他の4人部屋の角が空いてるから、そこで今夜は寝る?』


『いいんですか…?』 


『いいよ!仕方ないよ。お布団持って移動できる?』


『なら移動します…』


『ごめんね〜、橋本さんに移動してもらって…あ、頓服いるよね?』



『はい、それとアロマ、スイートオレンジのください』


『オッケー!明日病棟スタッフに話しておくから!悪いね!』


頓服とスイートオレンジのアロマオイルを含ませたコットンを私に手渡し、男性看護師はゴメンという合掌ポーズをとった。


みんgalを起こさないよう、布団と枕を持って、指示された4人部屋へ行くと、凛ちゃんと月夜さんが居る部屋だった。
ふんわりとあたたかい女性っぽい香りがする部屋だった。どこからともなく、マイナスイオンのような波動を感じる。


よかった…ココなら安眠できそう…



腹立たしい感情を抑え、凛ちゃんたちが居る4人部屋の角のベッドに、そっと横になった。



翌朝目覚めると、月夜さんが隣のベッドに居た。皆、事情を知っているようだった。




その日、“どうしようおばあちゃん“は、4人部屋から私が元居た個室へお引っ越しした。



その日のお風呂上がり、おばあちゃんが腰を丸めてベンチに座っている。
腹が立っていたので無視した。



『あのぅ…昨日の夜うるさくしてすんませんでした…』
ボソリと私に話しかけてきて驚いた。
私は会釈だけして、通り過ぎた。





その日、午後から“単独″で売店に行く際、面会室がチラリと見えた。


入院当初、隣室で一人二役をしていたピンク住人と父親らしき人が隣同士に座り、父親に抱きついて泣いている。
父親らしき年老いた人物は、ピンク住人を必死に抱きしめ、背中をトントンしていた。




それを見た瞬間、涙が沸いてきた。

この人もどうしようもない事情があって、父親のほうも、娘は気の毒だが仕方なくココに入れたんだろう…

どうしようもなく泣きながら抱き合う親子を、あれほど睡眠妨害をして憎らしかったピンク住人の姿を見て目頭が熱くなった。




色んな人が居てそれぞれの事情がある。



ココに入ってから、えらく私は涙もろくなった。





次へ



https://note.com/kota1124/n/nd4095daaa0f9













いいなと思ったら応援しよう!