町のガチャコーナーの空カプセル入れにゴミを置いていく人間からは千円取っていいと思う
町のガチャコーナーの空カプセル入れにゴミを置いていく人間からは千円取っていいと思う。
勤め先は小売店。店先にガチャの機械が置いてあり、百円ショップで買ってきたカゴを空カプセル入れとして機械の上へくっつけている。磁石なので着脱が楽だ。スーパーの入り口に傘袋があっても濡れたまま傘を持ち込むような人がざらにいる程度の地域なので、当然だがガチャ機械の上にゴミを積んで帰るケースがたまにある。多分店ではなにも買っていない。レシートならばまだよい。数十分前にレジで対面している。どんどん人間不信になる。
今日は裸のヘパリーゼがご丁寧にカゴの外に立てられ、ビニール袋に入れて口を結ばれたヘパリーゼが空カプセルと共に入れられていた。どうせなら二つとも袋に入れておいてほしい。立ててあった裸のヘパリーゼは飲み口がベタベタだった。話を逸らすが、こういう時ネット文法ではお仕事でなくても商品名を伏せ字にするが、あえて出した。メーカーにはひとつも落ち度はないが、こういう顧客も抱えていることをよく理解して猛省していただきたい。
話を戻そう。閉店作業の最中に見つけた瓶にわかりやすくガッカリし、文句を垂れながら片付けを進める。この日は昼間からずっと雨が降っており、気象庁のスーパーコンピュータ予測では止むはずの時間になっても小雨が続いていた。ベタベタの小瓶を左手に、二十本は入る傘立てを右手に持つ。
持ち物がほとんどないので鞄を持たずに店に出入りしている。自分で買ってきた飲み物のペットボトルを含めて両手いっぱい、傘が持てなくなってしまった。この傘は折りたたみ、小雨のなかたたまれたまま持ち運ばれている。雨粒がずっと眼球にぶつかる感覚、自分がもとの瓶の持ち主を呪うには十分すぎる仕打ちであった。むしろよく知っている人間よりもちゃんと呪えていると思う。
言っておくがヘパリーゼである。これを置いていった人間なんて容易に想像できよう。どうしても自宅にこれを持ち込みたくない。
自治体管理のゴミ箱の設置場所は知っていた。人を呪っているときはだいたいお世話になっている。夜だとえらい暗いのでかなり怖い。すぐそばに高速が通っているが、あの橙色のランプは足下には届かなかった。
普段ならひとりのはずなのだが、今日は厄介なことに人が複数人いる。重ねて面倒なのがカップルの存在である。おい、待て、どうしてゴミ箱の方向に歩いていくんだ。今からゴミ箱にこのオッサンの唾液か何かでベッタベタの瓶を放るんだ。往復して三分もかからないんだぞ。だのにお前たちはなんだ、こんな辺鄙で暗い場所で散歩デートとはどういうつもりなんだ。ゆっくり歩きおって。タイミングの悪さが酷すぎる。あ、今トイレ行ってただろ。タイミングの悪いやつらはいつもそうだ。トイレが早すぎる。もう五分くらい入っていられただろ。いい加減にしてくれ。それかその程度ならトイレを我慢しろ。
こんな荷物を持って暗い中後ろをつける形になるのは絶対気持ち悪がられる。いや、自意識過剰だなんて言わないでくれ。ただでさえストレスを積んでいる状態で難癖つけられたらどう考えてもキレ散らかす自信がある。諦めて遠回りするしかない。遠回りルートは舗装されていないので、雨で泥だらけの草むらを行軍するんだ。
おそらくカップルがゴミ箱の前を通り過ぎたであろう頃合いに元のルートへ合流した。視界にカップルをとらえた。スロープを登っている。は?
よくある階段とスロープの併設、聡明な読者の方々に同意を求めたいのだが、どうあがいても階段を登っていただいたほうが早いし、若くあるなら階段を登ってほしい。用事もないのにたらたらとこちらの正規ルートを闊歩するくらいなら、必要な人に道を譲る親切さをみせてほしい。自分がリア充爆発しろと言っているときは、羨望ではなくこういうことの積み重ねでシンプルに爆破したいときなので誤解なきよう。
やっと開拓されたゴミ箱への道を往き、ついにこのヘパリーゼとおさらばする時がきた。重たい蓋を持ち上げてベタベタの瓶を手放す。さっさとこのベタベタを洗い流して傘を差したい。まっすぐ手洗い場に向かう。蛇口へ向かう羨望のまなざし。きみは爆発するなよ?
カチッ
高架の下にたむろする影、人数は確認できないが自らと相容れないことは即座に感知できた。残り数歩に踏み込めば相手の索敵に引っかかる。なによりも望んでいた水を目前に踵を返し、まっすぐ別のトイレへ向かう。こうも手に入りそうなところで逃し続けていると全てが憎くなる。
トイレが見えてくるあたり、ふと上方に目をやると、件のカップルがスロープを登り切ったところで留まっていた。まだ爆発していなかったのか。それよりも、その位置だとトイレに入っていく自分が彼らの目に入ることになる。異様に気まずい。こんなしょうもないことで二度も手洗いチャレンジを失敗させられるのか。今なら世界を白紙化させても悔いは残らないだろう。
しかし願えば通じる、いや呪いが漏れていたせいか、此度はカップルがさっさと立ち去る動きを見せた。それを見て胸をなで下ろし、ついにトイレ併設のボタン式蛇口へとたどり着いた。このベタベタも終わりだ。
事が済むとずいぶん饒舌になるもので、いや、ここのことを言っているのではなく実際の話だ。今まで迷惑をかけられたと思いこんでいるぶん文句が口から出て止まらない。発する言葉は悪いが元気な証拠である。傘を差せたのでだいぶご機嫌。少々正気が戻ってきたところであることを思い出した。
ボタン式信号だ。
自宅に近いところにボタン式信号機が設置されており、ここがまたタイミングの悪さを遺憾なく発揮してくれる。幾度となくそばを通過する際、ボタンを押さずに横断する生物に出くわすのだ。いや、ここは歩行者と書かなければ法律を守る義務が発生していない生物も含まれてしまう。ともかくここはモラルハザード地帯であるという認識だ。元気になったとはいえ、この箇所でまた運の悪さが発動してしまえば、町中の人間全員を起こすほどの大声で「押せ!」と叫びかねない。子供をたたき起こしてしまうのがしのびなくとも、出くわしてしまえば最後だ。
再び遠回りになるが、勤め先から自宅への通勤ルートに再度合流していくことも考えた。通常帰宅する場合であれば目を閉じて通過をすることができる。しかし歩いているうちに、もうここは現在位置からの最短ルートで頑張ってみようかという気が向いてきた。この数十分で久々の前向き加減である。拳を強く握り、胸を張るんだと自分に言い聞かせた。最悪、傘を閉じて杖代わりにし、残るルートを全視界遮断で強行することも可能ではある。
おまじないのように大丈夫だ、大丈夫だと唱え続けた。ゴミ箱の近くにあれだけ人だらけだったのに、ここに来てまるで人の気配を感じない。しかし悪意は油断をした隙につけ込むのだ。完璧な防御にするべく、慢心をせず帰宅のことだけを考えた。いまばかりは他人のことを少しでも考えることすら邪念だと。そうして、無事誰とも会うことなく信号機のそばを通過することができた。念のため補足するが、自分は車道の横断をしないルートである。
普段の帰宅時間の数倍かかって、ようやく玄関の扉を開いた。自家用車の上に猫が乗っかっていた。驚かせてしまったな。
風呂に入りたかったが、こういう時はたいてい誰かがいる状態であるのが常だ。帰宅直前のメンタル状態で風呂の空き状況が変化する。今回は脱衣所で入浴後の身支度をしている状態だった。自分以外の家族は身支度がかなり長い。しかし固定長かどうかわからず、そもそも帰宅段階でその途中ということもあり、いつ風呂が空くかわからない状況であった。
帰宅後はなによりも入浴を優先するため、食事途中でも風呂が空いたと分かればすぐ入浴する。なのでいつ出てくるか分からない状態でおかずを温めなおすと、電子レンジから取り出したら風呂が空くという最悪の事態すらあり得るのだ。かといって、食べないままいたずらに時間が過ぎるのを待つだけなのもとても時間がもったいなく感じた。折衷案として味噌汁のみ温めてそれを優先して消化し、あとはゆっくり冷えたままのおかずで白米を食べて待つことにした。
いつでも動けるように、あと雨で少々濡れているためあまり座りたくないこともあり、食卓の前で立って食べていた。それを見かねた母親から座って食べることを勧められた。しかし先に述べた理由があるので、どうにかごまかそうと「いつでもおかずを温められるように」という返しをした。そうすると、もう温めたらいいのでは? と言われたため、ここまでの経緯とおかずを温めない判断についてだいぶかいつまんで説明した。あれこれ説明するときは心の余裕がないとき、と母親はしっかり覚えているため、というか細かく詰める性格ではないため母親は身を引いた。
おかずを七割ほど食べてしまったとき、風呂が空いた。入っていたのは妹である。妹が立ち去るのを確認して、すぐさま身体を洗いに向かった。
全身吹きさらしだったのがようやく洗えると喜んだのか、だいぶ後ろ向きだった精神も明るくなってきた。ここでふと考え込んだ。妹は結構他人のことを気にする性格だ。ここに至るまでの呪詛を書き上げた人間が言う「結構気にする」の程度がどれくらいかは考えるに難くないと思うが、具体的にはストレスを感じているときには全ての行動音が十倍くらいの音量になる。自分は大きい音が苦手なので妹にはストレスを与えないようにしている。そう、ストレスを与えないようにしている、はずなのだ。
自分は先ほど、母親に対して「風呂がいつ空くか分からないから温めずにいる」と声にして説明している。いや、もっと余計なことを言った。
「こういう時に温めると絶対にすぐ出てくるから、こういう時は油断しちゃいけない」と。これを妹が聞いていたら、明らかにプレッシャーではないか。またやってしまった。
帰路で負けが込んでいるとき、家に帰ると気がゆるんでしまい、こういう日々の大事なポイントを取りこぼしていくのだ。家族と若干気まずくなってしまう。
そもそも、帰路で負けが込むとはどういうことなのか。元はと言えば、自分の家に持ち帰らずに他人に押しつける人間がいることが悪いのだ。勤め先では可燃ゴミと不燃ゴミで持って行ってもらうので、瓶が資源にならない。瓶や缶が捨てられていると、必ずこうなる。
もはや、清掃業務を委託されているに等しい。町のガチャコーナーの空カプセル入れにゴミを置いていく人間からは千円取っていいと思う。時間と労働力と家族仲の犠牲を提供しているのだから、しっかり賃金が発生していなければおかしいのである。ただ、ゴミの清掃代行はたしか免許か自治体の許可が必要ではないか。勤め先にはそんなものはない。関係ないのだから。何度あるか分からないこういう事態のためにゴミ収集のオプションを増やしてもらったり、回収業者を変える訳にもいかないのだ。
面倒くさがってゴミを家に持ち帰らず適当に押しつけると、こうもお手軽に呪詛が出来上がり、人類の破滅は急速にその歩みを進めてしまうのだ。どうせ滅亡の瞬間は「死にたくない」とか言うのでしょう? それほど自分のことが可愛いのなら、その瓶や缶を自宅まで持ち帰って、キレイに洗って、資源ゴミの日に自分で捨てにいくことですね。終末になってからでは遅いのです。が、週末までは待つのです。
ただ、そこまで面倒くさいのなら、その瓶に千円札をくくりつけてから置いていってね。あ、手渡しでもいいよ。千円札がくくりつけてあるなら。