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シジュウカラは、言葉をあやつる。その3

オジさんの科学vol.102 2024年6月号

シジュウカラは、言葉をあやつる。その3

想像を想像する。
 文章を書く時には、読み手を考えます。こちらの意図したことを想像できるか、違ったことを想像していないか考えます。
 科学ジャーナリスト塾の塾生だった時の話です。「DNAが束になった繊維は染色体を形づくる時、教科書で教えられているほど整然としていないことが判った」というニュースを記事にしました。
 その中で、繊維がモジャモジャ、グチャグチャとした状態をわかりやすく伝えようと「毛玉のように」という表現を使いました。毛玉とは、セーターなどの糸が寄り集まって丸くなったもの、あるいはイヌやネコの毛が絡み合ったもの。 ピッタリでわかりやすい表現だと思いました。
するとある塾生から「毛玉」はおかしい、と言われました。まったく間違った表現だと。
 

 後で思いつきました。その人は「毛糸玉」を想像していたのだろうと。そこで「綿菓子のように」という表現に変えました。

シジュウカラも想像する
 私たちは「ヘビ」という言葉を聞くと、にょろにょろとした生き物を想像します。一方、動物のコミュニケーションは、話し手が聞き手の行動を機械的に操作する「命令」であると考えられてきました。
 はたして、シジュウカラが「ジャージャー(シジュウカラ語のヘビ)」と聞いた時には、機械的にヘビがいそうな地面を見まわしたり、茂みに確認に行ったりしているのでしょうか。それとも私たちと同じ様にヘビの姿を想像しているのでしょうか。

  小鳥博士の鈴木俊貴さんは、シジュウカラがヘビをイメージしているかどうか、明らかにしようと考えました。そして2018年、言葉からその指示対象をイメージする能力は、ヒト以外の動物にもあることを、初めて明らかにしました。 

 私たちは、見間違いをします。ただの影でも「顔が写った心霊写真だ」と言われると顔が見えてきたりします。「ヘビだっっ!」とおもちゃのヘビを急に突き付けられれば驚きます。「顔」や「ヘビ」といった言葉によって、視覚的なイメージが呼び起こされるからです。シジュウカラにも同じような現象が起きるなら、鳴き声をシンボルとしてとらえ、イメージを浮かべていると考えられます。 

 鈴木さんは20cmほどの木の枝を用意しました。ただの枝です。普通ならシジュウカラとてヘビに見間違える訳は無い様なものだそうです。心霊写真の例えでいうと、何も言われなければただの影。
 その枝にひもを付けて木の幹沿いに引き上げながら「ジャージャー」を聞かせると、シジュウカラはほぼ確実に見間違えるそうです。びっくりして枝を確認しに行くとのこと。同じ枝で、地面を這わせた実験でも同様の結果となりました。
 また、同じ枝を木の幹で揺らして、ヘビには見えない動きをさせた時は、「ジャージャー」を聞いても反応しなかったそうです。 

 同じ枝を見せながら、モズやフクロウに対する鳴き声を聞かせたり、仲間を呼ぶときの「ヂヂヂヂ」を流しても、見間違えたりしないそうです。
「つまり、『ジャージャー』という音声がヘビの視覚的イメージを呼び起こしているらしいんです」と鈴木さんは、語っています。 

凄いシジュウカラのコミュ力
 ウソをつくこともできるようです。シジュウカラは、コガラだけでなくいろいろな鳥と群れをつくります。大きな鳥と群れをつくった時、エサをめぐる競争で不利になることがあります。すると「タカが来たぞ!」と鳴くことがあるそうです。他の鳥がびっくりして逃げ出したスキにエサを手に入れる。落語のネタの様な話です。 

 東京大学に准教授として移った鈴木さんは、今年、シジュウカラがジェスチャーによるコミュニケーションをしている、と発表しました。これは、ヒトや類人猿などごく限られた動物でしか見つかっていない能力です。
 シジュウカラは、一夫一妻制で協力して子育てします。2羽が同時にエサを咥えて来た時、メスが翼をパタパタと震わせることがあるそうです。するとオスが先に巣に入ります。オスが巣に入ると、メスは動きを止めます。 単独で帰ってきた場合には、パタパタは全くありません。
 翼をパタパタと震わせる動きが、「お先にどうぞ」という特定のメッセージを伝えるジェスチャーになっていると考えられます。

 鬱蒼とした見通しの悪い森に棲むシジュウカラ。ヘビが来たとか、エサがあるとか、自分の周囲で起きていることを伝えるために、言葉を発達させたのではないか、と鈴木さんは考えているそうです。
 安全でエサにも困らない鳥かごの中では、全然鳴かなくなるそうです。
 
むずかしいことをやさしく
 メスがパタパタとジェスチャーする割合は約1/2のようです。メスのパタパタがあった場合は、ほぼすべてオスが先に巣に入ります。逆にパタパタがない場合は、ほぼ確実にオスより先にメスが入ります。
 鈴木さんの発表では、「お先にどうぞ」というメッセージだと表現しています。しかし、「先に入れ」と、メスが指図している様にも捉えられます。
前者の表現と後者の書き方では、印象がだいぶ変わります。奥ゆかしいのか、かかあ天下か。わかりやすい表現は、むずかしいのです。
 
 今回のシリーズ冒頭で紹介した井上ひさしさんの言葉、「むずかしいことをやさしく」書くこと。これには続きがあります。
  むずかしいことをやさしく
  やさしいことをふかく
  ふかいことをゆかいに
  ゆかいなことまじめに
  書くこと
 一行目すら上手く出来ませんが、座右の銘としています。
 
や・そね
 
<参考資料>
山極寿一 鈴木俊貴 『動物たちは何をしゃべっているのか』  集英社
https://www.shueisha.co.jp/books/items/contents.html?isbn=978-4-08-790115-3
「シジュウカラの音声言語、単語から指示対象をイメージする能力を確認」 2018年1月30日 京都大学プレスリリース
https://www.kyoto-u.ac.jp/sites/default/files/embed/jaresearchresearch_results2017documents180130_101.pdf
「シジュウカラはジェスチャーを使うー翼をパタパタ『お先にどうぞ』―」 2024年3月25日 東京大学プレスリリース
https://www.rcast.u-tokyo.ac.jp/ja/news/release/20240325.html

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