「窓辺で手紙を読む女」の真実
オジさんの科学vol.073 2022年1月号
何を隠そう、高校時代は美術部です。体育会崩れの部員が多く、体育会美術部と呼んでいました。なので、校内球技大会などでは結構強かった、と記憶しています。バレーボールを辞めたK君は、少林寺拳法の鍛錬に精を出していました。元テニス部のM君は、強歩大会(40数kmを踏破する全生徒参加行事。「強く歩む」大会とは、美術部顧問のH先生が命名)の上位入賞を目指して、日夜走り込んでいました。そしてバスケットを1年で退部したオジさんは、盤上のスポーツと呼ばれる囲碁に勤しんでいました。たまに絵を描いていました。
そこで、今回は美術と科学のお話です。
37点しか作品が残されていない17世紀オランダの画家フェルメール。熱烈なファンが多いことで有名です。また世紀の贋作事件でも知られています。残された37点のうちにも贋作があるのでは、と考えている研究者もいるようです。
さて問題です。フェルメールの初期の傑作と言われる「窓辺で手紙を読む女」、本物は次の2つのうちどちらでしょう?
答えは、・・・・・・
答え、どちらも本物です。最初が修復前、次が修復後です。
「窓辺で手紙を読む女」は、ドイツのドレスデン国立古典絵画館が所有しています。昨年、修復を終えると、背面の壁から「キューピッドが描かれた絵」が姿を現しました。
この作品にキューピッドが隠されていることは、1979年のX線調査でわかっていました。しかし、これを隠したのはフェルメール本人だと考えられていました。
フェルメールは、他の作品でも一度描いたものを消したり、描き変えたりしているようです。「牛乳を注ぐ女」の足元にある四角い箱の様なものは、「足温器」だそうです。しかしX線で見ると、元は洗濯籠が描かれていました。「真珠の首飾りの女」の壁に描かれていた地図は、制作の途中で塗りつぶされているそうです。
2017年、「窓辺で手紙を読む女」の表面を覆っている古いニスの層を取り除き、汚れを落とす作業を行っている時のことでした。修復師たちが、あることに気づいたそうです。ニスは、溶媒に溶かして落とします。キューピッドが隠された壁とその他の部分で、ニスの溶媒への反応が異なっていたそうです。そこで表面の絵の具の微細なサンプルをいくつか採取し、科学調査を行うことになりました。
X線による調査に加え、赤外線反射分光法や顕微鏡を使った調査が行われたようです。これらによって絵の表面の構造や内部の劣化状態を調べたのだと思います。調査の結果、キューピッドの絵の上に塗られた古いニスの上に汚れの層が見つかりました。その上から絵の具で上塗りしていたことが判りました。また、キューピッドの絵の表面には、長年空気にさらされたために出来たと思われるひび割れがあることも確認されました。上塗りされるまでに、かなりの時間が経っていたと考えられました。
さらに、作品を覆う古いニスと汚れを落とすと、上塗りした壁の色と周囲の壁の色に違いが現れたそうです。周囲の壁が白く輝いていた一方で、上塗りの壁は茶色味を帯びた濃い灰色でした。キューピッドの絵に上塗りをする時点で、既に周囲のニスは変色していたため、これに合わせて色を決めたと考えられました。
蛍光X線分析も行われたようです。ニスや絵の具の組成を調べたのだと思います。上塗りされた絵の具に不純物が混じっており、フェルメールが使ったものとは考えにくいそうです。上塗りは絵が完成してから数十年後になされた、と調査チームは結論付けました。
フェルメールが亡くなったのは、この絵の完成から17年ほど後のことです。つまり、フェルメール本人が上塗りすることは不可能だったのです。
では、だれが何のために上塗りしたのか?残念ながら明確な答えは無いそうです。キューピッドの絵は良好な状態だったので、汚れや傷などを隠すためではなかったようです。
注目すべきことがあります。1742年にドレスデンのコレクションに加わった時に、この絵の作者はレンブラントだとされていたそうです。だれかが「レンブラント風」にするために上塗りしたという可能性もあるそうです。
ドレスデン国立古典絵画館は、上塗りされた絵の具をそぎ落とすことにしました。
修復は、約4年の歳月をかけ手作業で進められました。修復が終わり昨年9月からドレスデン国立古典絵画館は、一般公開を始めました。
現れた愛の神キューピッドは、仮面を踏みつけています。これは偽善や不義に打ち勝った真実の愛を表しており、絵の中の女性が読んでいる手紙の中身を示している、と考えられているそうです。
そしてこの絵は、今月22日から東京都美術館で開催される「フェルメールと17世紀オランダ絵画展」に出品される予定でした。しかし新型コロナウイルスの感染拡大の影響により、展覧会の準備を当初の予定通り行うことが困難になったことから、開幕日が延期になりました。新たな開幕日は未定の様です。
東京都美術館と言えば、われらが美術部顧問のH先生が、4年前に個展を開いたところです。あの時は、上野の鮨屋で飲みましたねー。早くコロナが収束して欲しいものです。フェルメールも飲み会も待ち遠しいです。
や・そね
<参考資料>
・ドレスデン国立古典絵画館 プレスリリース
Revealing Cupid: Restoration of Vermeer’s ‘Girl Reading a Letter at an Open Window’ completed
・「フェルメールと17世紀オランダ絵画展」公式サイトhttps://www.dresden-vermeer.jp/?utm_source=pocket_mylist
・科学技術振興機構 SciencePotal
ニュース2021.09.16「科学と人文の融合でよみがえったキューピッド フェルメール修復画公開」
・高嶋美穂, 阿部善也, 寺島海, 高橋香里, 村串まどか, & 谷口陽子. (2021). 『美術作品に対する自然科学的調査―非接触調査法を中心に』 国立西洋美術館研究紀要, (25), 23-40.
・『フェルメールへの招待』 朝日新聞出版