ネコにマタタビ、脳内麻薬
「ねえねえ、岡村。この中で一番、ネコの気持ちがわかる、動物に優しい大人ってだぁれ?」
「じゃあ、自分行かせてもらっていいですか」
「ネコが大好きなモノって、なあに?」
「お魚とか・・・鰹節とか・・・」
「他には」
「マタタビとか・・・」
「そうね、なんで?」
「ネコにマタタビ」という諺は、非常に好きなもののたとえです。ウチの小鈴(♀17歳)もマタタビを嗅がせるとウットリします。マタタビを嗅いだネコが陶酔状態になって、舐める、噛む、顔を擦り付ける、地面に寝転ぶ、ごろごろ転がるなどすることを「マタタビ反応」といいます。
マタタビ反応は、江戸時代には「マタタビ踊り」とも言われ、昔からよく知られた現象だった様です。
300年以上も前に貝原益軒が書いた農業指南書の『菜譜』にも、このことが記されているそうです。
また、幕末から明治前期にかけて活動した浮世絵師、月岡芳年が描いた「猫鼠合戦」でも、ネコ軍はネズミたちに仕掛けられたマタタビに、涎を垂らして腰砕けになっています。
しかし、なぜネコがマタタビにこのような反応を示すのか、その生物学的意義については、まったく分かっていませんでした。
2021年1月、岩手大学と名古屋大学、英国リバプール大学、京都大学の共同研究チームが、ネコのマタタビ反応の謎を解明したと発表しました。
研究チームは、ネコに影響を与える物質を探すことから始めました。マタタビの葉をすりつぶして、含まれている成分を分離し、1種類ずつネコに嗅がせてみました。すると、「ネペタラクトール」という物質に強く反応することが判りました。また、ネペタラクトールを化学合成し、染み込ませた「ろ紙」に対して、ネコは顔や頭を擦り付け床をごろごろ転がり、典型的なマタタビ反応を示しました。
次に研究チームは、ネコにマタタビ反応を起こさせ、その前後の血液を採取しました。すると、脳内神経伝達物質「βエンドルフィン」の濃度が上昇していることが判りました。βエンドルフィンは、モルヒネに似ているため「脳内麻薬」とも言われます。ヒトでは、ランナーズハイなどの状態で分泌され、苦痛を和らげ多幸感をもたらします。その効果はモルヒネの6.5倍もあるそうです。βエンドルフィンの作用を阻害する薬を、ネコに注射してからネペタラクトールを嗅がせると、マタタビ反応が抑制されました。
ネコは脳内麻薬で恍惚状態になっている、と考えられました。
研究チームは、大阪の天王寺動物園と神戸市立王子動物園の協力のもと、ジャガー、アムールヒョウ、シベリアオオヤマネコなどの大型ネコ科動物にもネペタラクトールを嗅がせてみました。するとマタタビ反応を起こすことが分かりました。
ネコと大型ネコ科動物は、約1000 万年前に分かれました。このことから、1000 万年以上前のネコ科動物の共通祖先が既にマタタビ反応を起こしていた、と考えられました。
ネコは、1000万年以上もマタタビ踊りを伝承し続けてきたことになります。そこには、何らかのメリットがあったからに違いありません。
酔っぱらって千鳥ステップを踏むオジさんたちは、仕事のストレス発散の為と言い訳します。ネコさんたちにも、何かストレスがあったのでしょうか。
研究チームは、ネペタラクトールろ紙を壁や天井などにも設置して、ネコの反応を詳しく調べました。ネコは体を伸ばしたり、よじ登ったりして、壁や天井のろ紙に顔や頭を何度も擦り付けていました。しかし、ごろごろ転がったりしませんでした。ネコの顔や頭には、ネペタラクトールが付着していました。床をごろごろ転がる動きは、床にあるネペタラクトールに顔や頭を擦り付けるためと考えられました。
マタタビ反応とは、ネペタラクトールを顔や頭に付着させる行為だったのです。
一方で研究チームは、ネペタラクトールの効能について調べました。蚊が入ったアクリルゲージの中に、ネペタラクトールを塗った皿、マタタビの葉を置いた皿、何も置かなかった皿を用意しました。すると蚊は、ネペタラクトールやマタタビの葉に寄り付かないことが判りました。
さらに、ネペタラクトールを塗ったネコと何も塗らないネコをケージに入れてみました。塗ったネコに止まった蚊の数は半分でした。マタタビ反応中のネコも同様でした。
ネコは、ネペタラクトールを擦り付けることで、寄生虫やウイルスなどを媒介する蚊から身を守っていることが明らかになりました。
夏の夜、プウーーーーンと寄ってくる蚊の鬱陶しいこと。茂みで獲物を待ち伏せるネコに寄ってくる蚊の大群。
マタタビは鬱陶しい蚊を撃退する「虫よけスプレー」だったのです。
蚊に襲われることなく茂みに隠れられるネコが、進化の競争上有利であったことは想像に難くありません。
しかし、恍惚として涎を垂らしている間、敵に襲われる危険性は増すのではないでしょうか?
ネコ科の動物は、生態系の頂点に位置するから敵はいないのでしょうか?
そもそも涎を垂らして狩りができるのでしょうか?
ところでマタタビは、どうしてネコを引き寄せるのでしょう?
チョウやハチの様にネコに受粉でもさせるのかしら?
ネコにすり寄られたマタタビの葉は、ボロボロになったりしないの?
なんだか頭がクラクラしてきました。オジさんの脳内にも、何かが分泌されているようです。
や・そね
<参考資料>
プレスリリース
「ネコのマタタビ反応の謎を解明 ~マタタビ反応はネコが蚊を忌避するための行動だった~」
2021年1月21日 岩手大学、名古屋大学、リバプール大学、京都大学
書籍
『脳内麻薬』 中野信子 幻冬舎新書