1億年前の「ホタルの光」
オジさんの科学vol.060 2020年12月号
2020年も、もうすぐ終わる。紅白歌合戦で「蛍の光」が流れれば、いよいよだ。「蛍の光 窓の雪 書読む月日 重ねつつ」。
黄色く儚く光るホタル。何匹のホタルが集まれば、本が読めるのだろうか?
「ホタル1匹の明るさは3ルクス程度で、20匹ほど集めればロウソク1本分の明るさになる」という記載を、ネット上で複数見かける。しかしこれは、ちょっと眉唾だ。
ルクスは照らされた対象物の明るさ(照度)で、「光源の明るさに比例し、距離の2乗に反比例する」。距離の記載がないのはおかしい。光源の単位はカンデラ。
これらの記事の後には「実際に調べた実験結果によると、本が読める明るさをキープするには左右にそれぞれ1,000匹必要になったのだとか」と続く場合が多い。最初の記述の100倍のホタルが必要なことになる。わかって書いてるのかなぁ。
ホタルの明るさに関する、ちゃんとした資料は見当たらなかった。唯一東京ゲンジボタル研究所のHPに、「(日本ホタルの会名誉会長の)矢島稔氏は一番強く発光したゲンジボタルは、3ルクス であったと報告している」「3cm離れたところで計測した場合 2ルクス という報告もある」と書いてあった。他に1cmの距離で3ルクスと記載されているものもあった。さらに1/500カンデラという記載もあった。いずれも出典はわからない。矢島氏は自身の本に、ホタルを飼育する網の箱を作り網越しに光センサーをあてたと書いている。
一般的に、「ロウソク1本で照らされる明るさは、1m離れたところで約1ルクス」と言われる。この時のロウソク本体の明るさが約1カンデラ。
もし3cmの距離で2ルクスだと、1mでは約0.002ルクス。すると1/500カンデラ程になる。ロウソク1本に相当するためには、500匹のホタルが必要になると推測される。
この場合のロウソクとは、19世紀のイギリスで使われていた鯨油でつくられたもののようだ。
では、現代ならどんなロウソクをイメージすればよいのだろうか。
和蝋燭職人の松井規有氏の実験から推定すると、小さなパラフィンロウソクの洋ロウソク大2号(直径10㎜長さ134㎜)を2本灯すと、1mの距離で1ルクス程度になりそうだ。ケーキに使うロウソクだと数本といったところだろうか。チョコレートプレートの文字なら何とか読める。
中部大学の大場裕一教授は、「ゲンジボタルの光はPCのパイロットランプくらいの強さ」と言っている。う~ん、パイロットランプ500個で読書・・・・・・。
蛍の光を聴きながら、この話題を振ってみよう。子供たちから、ウザイという視線を浴びること請け合いだ。
ウザイと言われ、オジさんたちの家庭内での居場所はどんどんなくなっていく。風前の灯火だ。タバコだって吸えない。オジさんたちは、20世紀後半に換気扇の下からベランダへと棲息地を移動した。ホタル族と呼ばれた。ホタル族は、ご近所から受動喫煙の非難を浴びて21世紀初頭に絶滅したと伝えられる。
現在、多くのホタルが絶滅の危機に瀕しているとも言われる。ホタルが現れたのは、今から1億年前、恐竜時代の中生代白亜紀だ。当時も同じように光っていたのだろうか。
中部大学、長岡バイオ大学、鹿児島大学、科学技術振興機構の研究チームは、世界で初めて原初のホタルの発光を再現したと、今月発表した。
それは、深い緑色だった。
世界中でホタルの仲間は、約2,000種と言われる。発光色は緑色から黄緑色、黄色、オレンジと種によってさまざまである。日本のゲンジボタルとヘイケボタルは、ともに黄緑色だ。
ホタルの発光は、「ホタルルシフェリン」という発光物質が、「ホタルルシフェラーゼ」という酵素の力を借りて酸素と反応することによって起こる。ホタルルシフェリンは、現存するすべてのホタルで共通である。一方、ホタルルシフェラーゼは種によって異なり、その違いが発光色に現れる。
これまでの研究で、多くのホタルルシフェラーゼの遺伝子配列が、わかっていた。研究チームは進化生物学の「祖先配列復元」という手法を使い、過去の遺伝子を復元した。配列がどのように変化して今に至ったかを逆算する方法だ。そして復元した遺伝子によってつくられるホタルルシフェラーゼを再現した。
これにホタルルシフェリンを加えたところ深い緑色の強い光が灯った。
研究チーム、以前から初期のホタルの発光色を緑色と予想していようだ。
昆虫図鑑には、ホタルは「オスとメスが出会うため」に発光すると書いてある。しかし、ホタルは幼虫も発光する。幼虫の頃からナンパしているのだろうか。
ホタルは、食べると不味いそうだ。幼虫も同じ。そのことから、ホタルの発光の一次的な意義は、敵に対する警告、つまり「不味いから食べるな」だったと考えられている。
自らホタルを食べた研究者は、大変苦くて不味かったと記録したそうだ。
1億年前、我々の祖先である原始哺乳類や小型恐竜などは、昆虫を食べていた可能性が高い。ご先祖様はモグラやネズミに似た昆虫食の哺乳類「トガリネズミ」みたいな生き物だったと言われている。
暗闇で眼の細胞は、緑色に最もよく反応する。緑色の光は、夜行性動物だったご先祖様に「不味い自分を」最もアピールする色だったのだ。
映画「のび太の新恐竜」の中でも、白亜紀を訪れたドラえもんたちは、森の中で「正しく」緑色に光るホタルに遭遇するらしい。
その後、ホタルの発光は色とりどりになり、雌雄で愛を語らうコミュニケーションのツールとして進化した。
研究チームは、祖先配列復元を使いホタルに進化する前の遺伝子も復元した。すると赤く弱く発光していたことがわかった。
ホタル族の光も、赤く弱いものだった。しかし彼らに、青信号が灯ることは無いだろう。
<参考資料>
プレスリリース
・「1億年前のホタルの光を再現 -現代に甦らせた原初のホタルの光は深い緑色だったー」2020年12月3日 中部大学、長浜バイオ大学、鹿児島大学、科学技術振興機構
書籍
・『恐竜はホタルを見たか』 岩波科学ライブラリー 大場裕一
・『ホタルの光は、なぞだらけ』 くもん出版 大場裕一
・『ホタルが教えてくれたこと』 偕成社 矢島稔
・『なぜ?どうして?昆虫図鑑』 PHP研究所
WEB
・「サイエンスポータル」 科学技術振興機構
・「東京にそだつホタル」 東京ゲンジボタル研究所
・「日本の伝統芸術松井本和蝋燭」松井本和蝋燭工房
・楽天市場「明王洋ローソク 大ローソク」
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