見出し画像

光合成人間は、つくれるか?

オジさんの科学vol.108 2024年12月号

光合成人間は、つくれるか?


 子供の頃は、食べ物に対してまったく興味がなく、食事が面倒だった。給食なんぞ一刻も早く切り上げて、校庭に飛び出したかった。でもなかなか食べきれず、いつも出遅れていた。ガリガリだったので「ほねやせまさ」と呼ばれた。
 
 わたしたち人間は、毎日食事をします。すべての動物は、何かを食べてエネルギーを得ないと、生きていけません。これを「従属栄養生物」と呼びます。一方植物は、光合成によって栄養分を作り出せます。他の生物に依存することなく生命活動を営むことができる「独立栄養生物」と言われます。
現在世界では、7億人が飢餓に直面しているそうです。もし、人間も独立栄養生物になれば、食糧難は無くなるかもしれません。
 


 光合成によって人間の生命活動を維持する、そんなことはSFの中での話、と思っているあなた・・・。本気で研究している人たちがいるのです。
今年10月、東京大学などの研究グループが、「光合成をおこなう葉緑体を、動物の細胞に移植することに成功した」という発表を行いました。培養したハムスターの細胞に、原始的な藻類・シゾンから取り出した葉緑体を取り込ませることに成功しました。
 
 研究グループは、ハムスターの細胞に最大45個の葉緑体を取り込ませました。特殊な装置で測定すると、取り込まれた葉緑体は、細胞の中で2日間光合成をおこなっていることが判りました。酸素を発生させるとともに、二酸化炭素から栄養を作り出す反応が起こっていたと考えられます。
 
 また、葉緑体を取り込んだ細胞は、正常に細胞分裂をおこない、取り込まれた葉緑体もその中に存在し続けることが確認されました。
その後4日目には、葉緑体は分解され、光合成反応も著しく低下しました。
 
 研究グループは、移植した葉緑体が動物細胞内でより長く光合成をおこなえるための技術開発を進めています。そして植物(Plant)の機能を動物(Animal)に付与した「プラニマル(Planimal)細胞」を作り出すことを目指しているそうです。
 


 プラニマル細胞の技術が進めば、光を食べて生きる「光合成人間」も夢ではなくなるかもしれません。光合成人間が誕生すれば、飲食産業はすべて消滅して、食文化の終焉を迎え、人間の価値観は激変する、と考えている人もいるようです。

 しかし、プラニマル細胞を持った光合成人間は、本当に光だけで生きていけるのでしょうか。
ざっくりと計算してみます。
「①受取る太陽光のエネルギー」×「②1日の日照時間」×「③プラニマル細胞の表面積」×「④光合成のエネルギー変換率」で、1日に獲得できるエネルギーを求めてみます。
 
① 地表に到達する太陽光のエネルギーは、1m2あたり1時間に約860kcalだそうです。これは、太陽光を垂直に受けた場合です。
② 場所を東京と仮定します。東京の平均日照時間は約5.3時間です。
③ 日本人の成人男の表面積は、平均約1.7m2。後ろ側には光が当たらないので0.85 m2とします。
④ 植物が持つ葉緑体の光合成のエネルギー変換率は、3~6%だそうです。
すると、860×5.3×0.85×0.06≒232kcal。
 
 1日当たりの成人男性の基礎代謝量は、1,500~1,600kcalです。動けば2~3,000kcalは必要になります。素人考えの計算式ですが、多分全然足りないと思います。
 しかも、真っ裸で日中太陽に全身を向けていないといけません。警察に通報されます。残念ながら、独立栄養生物への道は険しそうです。
 
 プラニマル細胞の研究者も「成人男性の1日の活動に必要なエネルギー量を光合成で賄うには、シングルスのテニスコート1面分の葉緑体を含む体表面積が必要」だから「光合成人間は無理」、と言っています。
 
 しかし、この技術が食糧難を克服するカギになる可能性はあります。工場で動物の細胞を増殖させてつくる「培養肉」。光を照射するだけで、培養肉の増産が可能になるかもしれません。さらに研究者は、光を当てることで人工臓器を作る技術や、光合成を使った新しい治療法を開発するなどのイノベーションに貢献できるかもしれない、と考えているようです。二酸化炭素の排出量の削減にもつながります。
 人工冬眠の低代謝時のエネルギー供給手段になるかもしれません。これによって遠くへの宇宙旅行が可能になるかもしれません。
 
 今は、中肉中背の平均的な体格だ。好きな食べ物もたくさんある。肥満ではないが、カロリーも気になるようになった。ここ数年は、人間ドックで脂肪肝と指摘される。そこで、次回の検査までに改善しようと、早朝ウォーキングをしている。出かける時は、まだ暗い。途中で夜が明ける。太陽光を浴びる。
 


や・そね
 
<参考資料>
『光合成活性を持つ葉緑体を動物細胞に移植することに成功 ―光合成可能な動物細胞作製の突破口を開く―』(2024年10月31日更新)
東京大学、理化学研究所、東京理科大学、早稲田大学、科学技術振興機構(JST)プレスリリース
https://www.k.u-tokyo.ac.jp/information/category/press/11214.html
 
青木遼太、松永幸大 『光合成動物細胞「プラニマル細胞」の創出を目指して』(東京理科大学「科学フォーラム」2022年12月号)
https://www.tus.ac.jp/about/information/publication/forum/file/forum_no432_06.pdf
 
東大TV 第135回(2022年秋季)東京大学公開講座「境界」
『植物と動物の融合から生じる研究と倫理の境界』 松永幸大
https://tv.he.u-tokyo.ac.jp/lecture_6028/
 
食品ロスゼロ マーケット ロスゼロブログ「『生物とSDGs6』人間が光合成するとどうなる?」(2024年12月22日閲覧)
https://losszero.jp/blogs/column
 
「体表面積」産業総合研究所資料(2007年3月30日更新)
https://unit.aist.go.jp/riss/crm/exposurefactors/documents/factor/body/body_surface.pdf
 
「太陽エネルギーの基礎知識」資源エネルギー庁HP(2024年12月23日閲覧)
https://www.enecho.meti.go.jp/category/saving_and_new/attaka_eco/reference/pdf/sekkei/sekkei_1.pdf
 
日本医師会ホームページ 「1日に必要なカロリー 推定エネルギー必要量」(2024年12月24日閲覧)
https://www.med.or.jp/forest/health/eat/01.html
 
2024/11/19 2:00 (2024/11/22 11:34更新) ⽇本経済新聞 電⼦版
世界で飢える7億⼈ コメも⽜も「耐暑品種」で時間稼ぎプラス2度②
 
石川伸一(2019年)『「食べること」の進化史』 光文社新書

いいなと思ったら応援しよう!