見出し画像

日本オーロラ目撃譚

オジさんの科学vol.076 2022年4月号
や・そね

江戸時代、京都で目撃されたオーロラとみられる発光現象の図絵。
『星解』(松坂市本)

 ロシアから侵略を受けているウクライナの人々は、SNSを使って全世界に発信を続けています。既存の通信インフラが被害を受ける中、イーロン・マスク率いるスペースX社の「スターリンク」が衛星通信回線を提供しています。飛んでいる中継用人工衛星は、現在約2,000基。全地球的なインターネット接続サービス網を実現するために、最終的には42,000基を打ち上げる計画だそうです。
 
  今年の2月、スターリンクの人工衛星40基が、打ち上げの最中に墜落する事故が発生しました。原因は、磁気嵐です。
 米国フロリダ州のケープカナベラルからファルコン9ロケットで打ち上げられ、放出された衛星は、高度200㎞付近で磁気嵐に遭遇しました。数日前にアメリカ海洋気象局が出していた磁気嵐の警報を軽視した結果でした。スペースX社の被害額は約100億円だそうです。

 磁気嵐は、太陽からの電気を帯びた高温のガスが、地球を直撃することによって起こります。太陽活動が活発になり、太陽の表面で起こる爆発現象「フレア」が激しくなると、磁気嵐の規模も大きくなります。

 太陽から飛んでくる高エネルギーの電子は、磁力線に沿って北極や南極の上空に突入します。これにより、大気上層部の電離層で酸素原子が強く活性化され、緑色の光を放ちます。これが「オーロラ」です。
 大きな磁気嵐が起こると、電子が緯度の低い地方にも流れ込み、日本などでもオーロラが観測されることがあります。「低緯度オーロラ」と呼ばれます。
 最近では2015年に北海道の陸別町で観測されています。でも、新聞などのニュースになるほどではなかったようです。しかし64年前は、各地でオーロラが目撃され、一般市民も記録に残していました。

64年前に現れた赤いオーロラ 
 先月、名古屋大学と京都大学、東京大学の研究チームは、1957年から1958年にかけて日本各地で観測されたオーロラについての研究成果を発表しました。

稚内地方気象台と旭川天文台のスケッチ

 1957年9月13日に現れたオーロラは、北海道の各地で観測されました。オーロラのスケッチも残されています。空が赤く染まっている様子がわかります。記録された時間を見ると20時過ぎなので、夕焼けではありません。

「低緯度オーロラ」の場合、酸素原子の活性が弱いため、赤く光ります。赤いオーロラとして目撃されることが多いそうです。

 1958年2月11日のオーロラは、日本各地で観測されました。山口県や広島県でも見えたそうです。日本最古と思われるオーロラ写真も撮影されています。

北海道静内で撮影された写真(©長谷川節也氏)
広島県福山市でのスケッチ(©三村由夫氏)


歴史に残る日本のオーロラ
 近年、古文書からオーロラと思われる記述を探し出し、巨大磁気嵐の発生状況を探る研究が進んでいます。
 日本で出現するオーロラは、64年前と同じように赤っぽく輝いたり、白い筋の様に見える場合が多いと考えられます。そこで「赤気」「紅気」や「白気」「白蛇」などの表現を手掛かりにします。江戸時代までの記録において、オーロラ候補が20ほど見つかっているそうです。

 最古の記述は『日本書記』、飛鳥時代の推古天皇28年12月1日(620年12月30日)。当時の都であった今の奈良県明日香村のあたりで、「天に赤気が現れた」そうです。「長さは一丈あまり、形はキジの尾に似ていた」ようです。
 このほかにも682年、1098年、1150年、1152年、1177年に赤気が見られたとの記録があるそうです。

 鎌倉時代の藤原定家が記した『明月記』にも、疑わしい記載があるそうです。1204年2月21日、北および北東の方向に出た赤気は「白いところ4~5か所と赤い筋が3~4筋」。白い光と赤い光が入り交じり、不思議で恐ろしかったそうです。23日には山の向こうの火事のようだ、と書いています。
 仁和寺の『御室相承記』等他の文献にも記載があること、中国の『宋記』の同じ日に、異常に大きな太陽黒点の記述があること等から、可能性は高いと言われています。幾つかの記録を総合すると3晩に渡って出現したようです。

 江戸時代に入ると1631年、1635年、1730年、1737年、1770年、1859年などにオーロラ候補が現れます。

このうち1770年の9月17~18日は、現在の27都道府県で観測されており、さらに絵図が残されています。冒頭の絵図は、京都に住む僧侶、秀尹という人物が『星解』という本に描いたものです。秀尹は、小浜(現在の福井県)の城下町が燃えているのではないかと考えました。しかし火事にしては大きすぎると訝しんだそうです。赤い光が天に向かって扇の様に広がっています。藤原定家が見たオーロラもこのようなものだったのでしょうか。また、日本書記の「キジの尾」も連想させます。 

猿猴庵随観図絵(国立国会図書館蔵)

 同じオーロラを、高力種信という尾張藩士も『猿猴庵随観図絵』に描いています。濃尾平野の地平線から幾筋もの赤気が立ち上がっているように見えます。夜だというのに月夜のような明るさだったそうです。人々は神楽をあげたり、念仏を唱えたりしたそうです。火事に備えて屋根に水を掛ける人もいたそうです。やがて夜明けには、空に融けるように消えていきました。

宇宙天気予報
 最後に宇宙天気予報について付け加えておきたいと思います。
 江戸時代にオーロラを見た人々は、山向こうの大火事ではないかと思ったり、神仏に祈りを捧げたり、何かの前兆ではないかと考えました。 しかし実害はありませんでした。     
 一方、スターリンクの人工衛星を墜落させた磁気嵐は、低緯度オーロラを発生させるほどの規模ではありませんでした。にもかかわらず事故が発生しました。

 1859年に太陽表面で大規模なフレアが起こり、記録に残る最大の磁気嵐が発生しました。江戸時代だった日本でもオーロラとみられる記録が残っています。当時の欧州や米国では、最新通信インフラとして有線モールス信号が使われていました。このケーブルに誘導電流が流れ、システムが広範囲に渡り停止しました。鉄塔が火花を発したり、電報用紙の自然発火があったようです。
 1989年の磁気嵐では、カナダの電力システムが磁気誘導電流の影響で9時間も停電し、600万人に影響が生じたそうです。米国でも発電所の変圧器が焼損しました。この時の太陽活動の規模は、1859年の1/10程度だったと考えられています。
 2003年にはスウェーデンで電力網の損傷による大規模停電が発生、約5万人が影響を受けたそうです。

 もし巨大フレアが大磁気嵐を引き起こしたら、現代の日本はどうなるのか?
 オーロラが見られる・・・だけではなさそうです。
 100年に一度程度の規模でも、様々な障害が発生する可能性があると指摘されています。停電が起こる恐れがあります。電波が影響を受け、通信・放送は障害が生じます。GPSも最大数十mの誤差が生じる可能性があるそうです。電子機器のソフトエラーが生じ、パソコンをはじめ多くの家電が動かなくなるかもしれません。携帯電話も車もインターネットも使えなくなるかも。SNSもできません。人工衛星は機能しなくなるだけでなく、誤作動が心配です。

・・・・・それが、いつ来るのか判りません。だから太陽の活動状況は、常時観測されています。「国立研究開発法人情報通信研究機構(NICT)」が、リアルタイムで「宇宙天気予報」を発信しています。さらに現在、総務省が中心となって磁気嵐への様々な施策を検討されているようです。

 数十年あるいは数百年に一度、日本付近にも現れる大型の低緯度オーロラ。次に太陽の活動が最も活発になるのは2025年頃のようです。観たいような、怖いような。

参考資料

・「江戸時代のオーロラ絵図と日記から明らかになった史上最大の磁気嵐」2017年9月20日 国立極地研究所プレスリリース
・「日本最古の天文記録は『日本書記』に記された扇形オーロラだった」2020年3月16日 国立極地研究所プレスリリース
・「歴史的観測から蘇る1957~1958年のオーロラ観測の全貌:過去4世紀最大の太陽活動極大期に起きた太陽嵐の痕跡」2022年3月8日 名古屋大学・京都大学・東京大学プレスリリース
・岩橋清美(2018)「江戸時代の人々が見たオーロラ」 『極地』 第54巻第1号 
・草野完也・石井守・三好由純・一本潔・余田成男 編 (2021)『太陽地球圏環境予測 オープン・テキストブック』
・中澤陽(1999) 「日本における低緯度オーロラの記録について」 『天文月報』1999年2月
・「藤原定家が見た赤いオーロラ」 『日経サイエンス』2019年03月号
・「巨木の年輪に刻まれた太陽の異変 古文書が助けた科学解析」「進化する宇宙天気予報」『日経サイエンス』2022年04月号
・「スペースXの衛星が落ちた理由」 『ヴォイニッチの科学書』2022年02月26日
・「聖徳太⼦オーロラを⾒た︖ ⾶⿃時代、夜空に⾚い扇形」 2020/3/16 ⽇本経済新聞 電⼦版
・「国が『太陽フレア』の被害想定 スマホ・TV、2週間障害も」 2022/4/26付⽇本経済新聞 朝刊
・「宇宙天気予報」 国立研究開発法人情報通信研究機構ホームページ


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?