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「キモい」を進化で考える

「キモい」を進化で考える
そして、「キモかわいい」は最強の生き残り戦略?
オジさんの科学vol.065 2021年5月号

 虫に触れるのは、気持ち悪い。隣のフロアにいるオジさんたちが、キモい。どうしても好きになれない納豆。嫌悪は、ネガティブな感情です。でも恐怖や危機感とは、ちょっと違います。襲ってくる気配は感じません。憎いや懲らしめたいとも違います。攻撃対象でもありません。触れたり係ったりしなければ、問題ないのです。

 人はなぜ「キモい」と感じるのか、ナショナルジオグラフィックに載っていました。
 気持ちが悪い、キモいなどの嫌悪感はヒトが生き残るうえで進化上の意義がある、とされています。進化論で有名なチャールズ・ダーウィンも150年ほど前に、そう考えていたそうです。嫌悪感は先天的なもので、無意識のうちの腐ったものを避ける性質を持った祖先は生き残る確率が高く、大胆に食べた者は生き残れなかった、という仮説を立てました。

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 その後の研究でも、ダーウィンの仮説は基本的に正しいとされています。新型コロナ禍において、嫌悪感を抱きやすい人たちの健康状態の方が良い傾向だった、との報告もあるそうです。しかし、嫌悪感は、ダーウィンが想像していたよりはるかに複雑なようです。
 未だに、キモいもの好きの人々は、絶滅していません。また私たちの嫌悪感は、生まれつきの反応だけでなく、文化や環境にも左右されるようです。オジさんたちに囲まれても平気な女子と、そうでない場合があるよね。

 今年3月、東京大学の研究者たちは「なぜ現代人には虫嫌いが多いのか?」という発表をしました。虫をキモいと感じる理由を「進化心理学」に基づいて検証したのです。13,000人を対象とした研究結果から2つのことが判明しました。

 ひとつ目は、ダーウィンの考えと同じで、病原体を避けたいという気持ちの表れだ、という事です。都市化が進むにつれ、家の中で見かける虫は、ゴキブリやハエ、クモなどに限られるようになりました。それにより、家の中にいる虫はキモいと感じるようになったようです。室内の虫の画像を見た回答者の方が、同じ虫でも屋外を背景とした場合を見た回答者よりも、強い嫌悪を示しました。ハチやアリ、チョウ、トンボ、テントウムシを含めたすべての虫で、同様の傾向でした。

 ふたつ目として、虫の識別能力が低い人ほど虫全般をキモく感じていることが判りました。識別能力の高い人は、ゴキブリはキモくても、テントウムシはキモくないと答えました。一方で低い人は、テントウムシもキモいと感じていました。進化の観点からとらえると、有害な虫を無害な虫と間違えるより、無害な虫も有害だと思った方が、デメリットが少ないからです。

 居酒屋で飲んでいたオジさんたちが、パンケーキ専門店に出没し始めるとキモく感じる。オジさんたちをよく知らない女子ほど、オジさん全般をキモく感じる、という事になるのでしょうか。

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 ナショナルジオグラフィックの記事では、キモいもの好きについても論じています。
 子どもは、キモいものが好きです。ここにも進化上の利点がある、という説があります。自然界の様々なものに触れることが、子どもの免疫を強化する、と言う考え方です。米カルフォルニア大学の研究者によると「1歳未満でイヌと触れ合った子供は喘息になる割合が13%減少し、農場でたくさんの動物と触れ合った場合は50%も減少する」とのことです。

 大人になってもキモいものが好きな人はいます。これにも色々な仮説があります。脳がデメリットしかないものに快感を感じる現象だ、という説。また将来に役立てるため、キモいものを積極的に調べる傾向があるとのこと。だから傷口の膿が気になるのだそうです。

 腐った肉をキモいと感じず、積極的に食べる人たちがいます。
 本来、腐った食べ物に対する嫌悪感は普遍的な感情だ、と言われています。ダーウィンが考えたように、腐敗した肉には命に係わる病原体に感染するリスクがあるからです。ところが、グリーンランドやスカンディナビア半島の北極圏に住む遊牧民は、腐った肉を日常的に食べるそうです。消化しやすくなるだけでなく、熱に弱いビタミンCが摂取でき壊血病を防ぐことが出来るそうです。古代の北極圏では、腐った肉をキモいと感じた人は生き残れなかったのかもしれません。

 腐敗した大豆を、日常的に食べる日本人はたくさんいます。エビは好んで食べますが、コオロギを食べられない人は珍しくありません。コオロギは、高タンパクで世界中の多くの地域で食べられており、食糧問題の解決策の一つとも言われています。
 嫌悪感は、弱すぎれば病気になりかねず、強すぎても問題が生じる可能性があります。このため現在も多くの研究が続けられているそうです。

 そこで、キモいもの好きの延長線上で「キモかわいい」について考えてみました。
 まず、キモいと感じられる側に立ってみました。生存戦略上、わざわざキモくなる生き物がいます。毒のあるチョウやヘビに擬態するものもいます。敵の攻撃を避けるために、キモいは有効なのです。
 一方、「かわいい」は、ポジティブな感情です。赤ちゃんやペットの動物は、守ってあげたくなります。赤ちゃんやペットの顔やしぐさは、カワイイと感じられるように進化したと考えられています。かわいい側にとって、これほど安全なことはありません。
 敵の攻撃を避けるキモいと、守ってもらえるかわいいが合体すれば、防御力は最大です
 世のオジさんたちの目指す方向性が見えてきたようです。キモかわいいで社内を生き延びましょう。

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<参考資料>
プレスリリース
「なぜ現代人には虫嫌いが多いのか?-進化心理学に基づいた新仮説の提案と検証-」
2021年3月12日 東京大学

WEB
ナショナルジオグラフィックニュース「人はなぜ『キモい』と感じ、キモいものにも魅かれるのか」
2021年4月8日

ポッドキャスト
ヴォイニッチの科学書 第859号 「キモいの科学」
2021年4月24日


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