すべてのイヌは、ニホンオオカミの系譜。

オジさんの科学vol.107　2024年11月号
 
すべてのイヌは、ニホンオオカミの系譜。
 
「川崎市宮前区土橋」、東急田園都市線のたまプラーザや鷺沼から程近い。オジさんのウォーキング圏内だ。かつては竹の里と呼ばれ、タケノコの名産地だったそうだ。
『オオカミの護符』の著者、小倉美惠子さんは、この地に続く農家に生まれた。
小倉さんの生家の土蔵には、「オイヌさま」と呼ばれる護符が貼られている。毎年、村の代表が、東京都青梅市の御岳山にある「武蔵御嶽神社」にお参りし、手に入れてくる。「土橋御嶽講」という。村の古文書によると徳川吉宗の時代には、すでに行われていたという。
護符に描かれた謎の黒い獣の正体を小倉さんは、追い求める。それは、「ニホンオオカミ」だった。盗難や火災から守ってくれる、と古くから信じられてきた。
 

ニホンオオカミは、かつて本州、四国、九州に広く生息していました。御嶽講の様なオオカミ信仰も、全国各地にあったようです。
ニホンオオカミは、北米大陸から北極圏、ユーラシア大陸の広い範囲に分布するハイイロオオカミ（いわゆるオオカミ）の亜種で、日本列島にのみ生息していました。極めて小型のオオカミだったようです。しかし、約120年前に絶滅しました。
皆さんが飼っている「イヌ」は、家畜化したオオカミだと言われています。しかし世界中のどこでイヌになっていったのか、判っていません。
 
今年、総合研究大学院大学などの研究グループは、「ニホンオオカミはイヌに最も近縁なオオカミ」という発表を行いました。
研究グループは、博物館に保存されている剥製や個人が持つコレクションからニホンオオカミ９頭分のDNAを抽出しました。また、日本犬11頭からも抽出し、全遺伝情報を繰り返し読み取り、分析しました。さらに、北米や北極圏、ユーラシア大陸に棲むオオカミ、古代のオオカミ、現在のイヌ、古代のイヌなど100頭分のデータと合わせて解析しました。
 
その結果、まず「ニホンオオカミは他のどのオオカミとも遺伝的に異なる」ことが判りました。遺伝情報を分析すると９頭のニホンオオカミのデータは、小さく固まったグループを形成しました。それは、他のオオカミのデータから大きく離れていました。このことからニホンオオカミは他のオオカミとは異なる独自のグループであり、古代のオオカミを含め交雑は無かったと推測されました。
 
次に、系統関係を分析したところ「ニホンオオカミは、イヌのグループに最も近縁なオオカミ」であることが判りました。つまり、こういうことです。かつてニホンオオカミとイヌの共通の祖先となるオオカミが存在していました。その子孫が2つの系統に分かれ、一方がニホンオオカミに、もう一方がイヌになったということです。
ニホンオオカミの系統と分岐したイヌは、さらにユーラシア大陸の西と東のグループに分かれました。西のグループは洋犬やアフリカのイヌたち、東には日本犬など東アジアやオセアニアの犬種が含まれます。
 

さらに「ユーラシア大陸の東側のイヌには、ニホンオオカミの遺伝子が含まれる」ことも判りました。イヌの系統と分かれたニホンオオカミの祖先が、東ユーラシアのイヌの祖先と交雑し、遺伝子が移動したと考えられます。
最も多かったのは、パプアニューギニアで野生化したとても古い犬種「ニューギニア・シンギング・ドッグ」。次がオーストラリアの野犬「ディンゴ」。それらに次いで多かったのが、紀州犬、秋田犬、柴犬といった日本犬でした。
ニホンオオカミは絶滅してしまいました。でも、その遺伝子は、現代のイヌたちへと引き継がれているのです。
 
『オオカミの護符』を書いた小倉さんは、オジさんよりちょっと若い。小学生の頃になると、彼女の家の周囲にはマンションや建売住宅が増えていったという。
1966年に、田園都市線が長津田まで開業したからだ。たまプラーザや鷺沼の近郊は、住宅地として次々に開発されていった。農地はどんどんと縮小し、東京のベッドタウンになっていった。
川崎市宮前区土橋には、現在7,000を超える世帯がある。その中で古くからある約50軒が、いまも村の伝統を守っているそうだ。オジさんのウォーキング圏内には、ちらほらと竹林が残っている。

や・そね
 
＜参考資料＞
Gojobori, J., Arakawa, N., Xiaokaiti, X. et al. Japanese wolves are most closely related to dogs and share DNA with East Eurasian dogs. Nat Commun 15, 1680 (2024). https://doi.org/10.1038/s41467-024-46124-y
 
『ニホンオオカミの高深度ゲノム: ニホンオオカミはイヌに最も近縁なオオカミ』2024年3月1日
総合研究大学院大学、岐阜大学プレスリリース
 
『オオカミの護符』　小倉美惠子　新潮文庫