生命もウイルスも、そしてオジさんも進化した。
オジさんの科学vol.056 2020年8月号
オジさんのゴルフスイングは「進化」し続けています。
腰が開いてスライス一辺倒だったので、インサイドアウトに振ることを意識するようにしました。するとチーピンを多発するようになり、最近はプッシュアウトしてボールは右OBゾーンに消えていくようになりました。チョロもテンプラもでます。球筋の多様性が拡大しているのです。
生命も同じ。単純なものから複雑なものに、そして様々な種に進化してきたと考えられます。今回は、進化に関する最近の2つの発表をご紹介します。
7月21日、フランス国立科学センターや東京大学、大阪大学の共同研究グループが、生命誕生のカギは「ウイルスのような寄生体」だったのではないか、という発表を行いました。
内容をご紹介する前に生命、生物とは何なのか、確認しておきましょう。
現在多くの生物学者が認めている一般的な生物の定義は、以下の3つの条件を満たすものです。
(1) 外界と膜で仕切られている。
生物は、細胞膜や細胞壁で区切られています。でもこの条件だけでは、
チューペットもパピコも風船も生物です。
(2) 代謝(物質やエネルギーの流れ)を行う。
外からエサなどを取り込んだり、呼吸をすることでエネルギーを生み出
し、成長したり運動したりします。様々な物質を生み出したりもしま
す。でもこれだけだと、台風も生物に見えます。車も似ています。
(3) 自分の複製を作る。
自分の遺伝子を残していく。細胞分裂して自分のクローンを作ったり、
子孫を残したりするという事です。これだけだと、コンピュータウイル
スは、生きていることになります。鉱物の結晶も増殖します。自分と同
じ物を作れるロボットは?
では、ウイルスは生物でしょうか?
3条件に当てはめてみましょう。
(1) 〇
カプシドという殻に覆われており、中にRNAやDNAといった遺伝物質が
収納されています。さらにコロナウイルスのようにエンベロープという
膜に覆われているものもあります。
(2) ×
エサを取らないし、呼吸もしません。自分では動けません。
(3) △
自分だけで複製をつくることはできませんが、感染した細胞に作らせる
ことができます。
したがって、一般的にウイルスは生物ではないとされています。そのウイルスが生命誕生に不可欠な存在だったのかもしれないのです。
「生命が生まれる前は、RNAや短いタンパク質などの分子が集まってできた自己複製する分子システムが存在しており、それらが少しずつ進化することによって、生命が誕生したと想像されています」と研究グループは言っています。
そこで研究グループは、生命誕生以前の環境を想定して実験を行いました。
まず「RNAを複製する酵素を作れ」という情報が組み込まれた2,000塩基程のRNAの鎖を作りました。
一方でRNAの情報に反応して、酵素などのタンパク質をつくる溶液を用意しました。
溶液にRNAを入れると次々と複製され、増え続けます。この増えたRNAを採取して新しい溶液に入れます。この工程を1世代と呼びます。
これを繰り返して世代を重ねていくうちに複製ミスが起こり、突然変異が起こります。
様々な突然変異RNAの中に、複製酵素をつくる情報を持たないものが現れました。この変異したRNAは、自分だけでは増えることができません。まるでウイルスのようです。しかし、他のRNAが作る酵素を使って、増殖することができます。
研究グループは、酵素を作ることができるRNAを「宿主」、作れないRNAを「寄生体」と呼びました。
最初に現れた寄生体αは極めて強く、最初のRNAである宿主0の増加を抑え、自分だけ大量に増殖しました。研究グループは、この寄生体を「感染性」が強いと表現しました。
世代を重ねるうちに、宿主99が現れました。宿主99は、寄生体αが増えることを抑え込みました。これを「耐性」があると表現しました。
今度は、宿主99に感染できる寄生体βが出現しました。次に寄生体βに耐性がある宿主115が現れ、さらに宿主115に感染する寄生体γが出てきました。
お互いに影響し合って変化する「共進化」が起こったと思われます。共進化は、お互いが競争するケースばかりでなく、双方に利益を生むように進むこともあります。
「寄生体の出現によって、RNAという分子であっても『まるで生物のように』進化することが可能になりました。この寄生体との共進化が、物質から生命誕生を可能にしたカギではないか」と研究グループは考えています。
新しいタイプのRNAが出現しても、元のタイプが絶滅することはないそうです。つまりRNAの多様性が増しているということです。そして300世代以上になった今も、まだ共進化は続いているそうです。
この実験がさらに面白いのは、ウイルスのような寄生体が宿主と同じ祖先から進化しているという点です。
ウイルスの起源に関しては、いくつかの仮説があります。
1. もともと独立した細胞だったが、DNAやRNAだけ残して、他のすべての
機能や器官を失ったとする説
2. 単細胞生物や植物の細胞内にあるDNAやRNAが、細胞から飛び出したと
いう説
3. 細胞とは別に、DNAやRNAがタンパク質の殻で覆われて出来たという説
などです。
今回の実験からは、第4の仮説が導き出されるように思えます。もともと細胞と同じ祖先だったモノが、進化の早い段階で別れたという考え方です。
オジさんが進化したのは、ゴルフだけではありません。仕事のスキルも多様化しました。生命がウイルスと共進化したように、仕事仲間と共進化しました。経理とは伝票を通す裏ワザを、営業に対しては原価を見破らせない見積書を進化させました。
スキがあれば手を抜くコツ、部下に押し付けるテクニック、他部門に負けない手口、社内は競争に溢れています。長い間には、消滅してしまう部署や職種があります。オジさんは「淘汰」されないように、がんばりました。
進化のメカニズムとして、よく知られているものに「自然淘汰」と「性淘汰」があります。
生存に有利な特徴を持った生物が繁栄するのが、自然淘汰。例えば、雪の中でキツネやオオカミに見つかりにくい白いウサギは生き残り、硬い木の実しかならない島では、鳥の口ばしが大きくなる。という説明は、オジさんでも理解できます。
しかし性淘汰は、いまいち納得していませんでした。
性淘汰の例として、良く知られているのは、クジャクの尾羽。メスに好かれるので、クジャクの尾羽は色鮮やかになるように進化しました。
色鮮やかな装飾は、良い遺伝子を持っている証だからメスに選ばれる、という説があります。たまたまメスにとって魅力的な形質が、増幅されるように進化したという説もあります。
しかし色鮮やかな装飾は、メスへのアピール以外に何の役にも立ちません。逆に目立つ分だけ天敵に襲われやすくなります。装飾に使うエネルギーを、もっと別の役に立つものに向けた方が良いはず。それなのに何故このように進化したのか理解できませんでした。
この疑問に答えてくれる発表が、7月7日に東北大学やオーストラリアのクイーンズランド大学などの研究グループからありました。
オジさんの素朴な疑問とは別に、生態学には、60年以上も前からの未解決問題があったそうです。
似通ったエサや環境を利用する生物種の間には「競争」が生じます。そして強い種が残り、弱い種は駆逐されてしまうと予想されます。しかし実際の生態系では、非常にたくさんの種類の生物種が同一生息地に共存しています。これが、何故なのか分かっていなかったそうです。
研究グループは、オスがメスを惹きつける鮮やかな模様や色彩、求愛ダンス、鳴き声などを「モテ形質」と呼ぶことにしました。モテるために貢物をする鳥や、ミステリーサークルを作る魚もいますよね。
そして種の繁栄にあまり貢献しない「ムダ」であるモテ形質の進化と、生物種の競争関係を数理モデルとして構築しました。
つまり素朴な疑問が60年の未解決問題に結びついたわけですね。
ある生物種の個体数が多くなるほどモテ形質は、進化しやすくなると考えます。つまり、競争に強い種のエネルギーは、モテ形質に注がれるのです。 その結果、弱い種が駆逐されず、共存できることが判りました。
逆に弱い種は、個体数を減らしていくとモテ形質も減るように進化します。エネルギーは競争力の強化に注がれます。
さらに、アリが互いに協力して女王の卵を世話することをやめて、自分の卵を生み出すような「裏切り行為」、オス同士がメスを巡って争う行動やその為のムダに大きな角、メスを傷つけてでも自分の精子を残そうとする行動なども同じ効果を持ち得ることが証明されたそうです。
様々な「ムダの進化」により、多く種類の生物が共存できることが判ったのです。
「種内で進化するムダが多種の共存促進すること主張するこの理論は、種間競争の役割を重視する従来の見方とは対照的な、新しい生態系観の提案にもなっています」と発表は結んでいます。
生命のメカニズムは、個体の生き残りより種の繁栄、遺伝子の継承を優先します。
そして、特定の種の繁栄よりも生物多様性の維持を優先させる、ということではないでしょうか。
そう考えると、巨大になった東京中央銀行の幹部たちが、派閥抗争にエネルギーを注ぐようになるのも、当然です。互いに手を組んだり、裏切ったり。大きな組織はムダを進化させるのです。
つくづく東京中央銀行にだけは入らなくてよかった、とオジさんは思います。今頃あんな怖い顔に進化していたかもしれないから。
や・そね
参考資料
プレスリリース
『自然界の「ムダの進化」が生物多様性を支える』
2020年7月7日 東北大学、兵庫県立人と自然の博物館、理化学研究所、京都大学、千葉大学、琉球大学、弘前大学、東京大学
『物質から生命への進化を可能にしたカギは寄生体との共進化か』
2020年7月21日 フランス国立科学研究センター、東京大学、大阪大学
書籍
『まだ科学で解けない13の謎』草思社
『新しいウイルス入門』講談社
『巨大ウイルスと第4のドメイン』講談社
『生物はウイルスが進化させた』講談社
『進化の教科書 第2巻』講談社
『進化の教科書 第3巻』講談社
『若い読者に贈る 美しい生物学講義』ダイヤモンド社