CIID Week21: 社会問題の解決に向けて人間の行動をデザインする ~ Design For Behavior & Impact
こんにちは。今週はCIIDのコースの中でも人気が高い”Design For Behavior & Impact”というコースを実施していました。コスタリカでは依然として、コロナウイルスの感染拡大が収まることはなく、当初予定していたTUI(Tangible User Interface)の代わりに急遽このコースを実施することになったのですが、準備具合も完璧で生徒全体として満足度の高いコースとなっていたようでした。
今回の講師はGRID Impactという団体の方で、Behavioral Design(行動デザイン)を用いて社会問題を解決することに主眼を置いている方でした。この団体に対して個人的に興味を覚えたことは、ただ単純に開発したプロダクトやサービスを発展途上国に売りつけているのではなく、実際に現地に赴いて現地で生活している人やユーザーと一緒に何かをデザインしていた点です。また何かをデザインして終わりではなく、ソリューション導入後のビジネス的な評価まで実践していた点も魅力的でした。
余談ですが、もしデザイナーとして何かのプロダクトやサービスの開発に携わるのであれば、最近自分はこのような発展途上国に赴いた方が良いと考えています。デザインシンキングは非常にボトムアップの手法で、隠れた人間の行動や動機を発見することに長けており、完全に未開拓の発展途上国の人たちの行動を明らかにしていくことの方が、何もかも開発されしきった先進国で、示唆に富んだサービスを提案することよりも意義が大きそうだと感じるからです。また撮影する写真や映像も面白いだろうなと感じます。
Background
■ Behavioral Designとは何か
日本語に直訳すると「行動デザイン」ということになりますが、これを聞いてピンとくる方はあまり多くないのではないでしょうか。自分にとっても新しい言葉ではあったのですが、そんなに難しいことはしていません。行動デザインの定義を英語で表現すれば…
“Design method that seeks to understand human decision-making action by applying psychological insights to everything from economic decision-making to group dynamics”
要するに「人のAction(行動)とDecision Making(意思決定)プロセスを分析して阻害要因を潰しながら人の行動や意思決定をより良いものに変えていくデザイン方法」ということです。人の行動や意思決定に着目しているので、人間中心デザインの一部になると思います。なんだか難しく聞こえますが、以下の例をを用いると分かりやすいです。
例えば、「毎朝早起きして美味しいコーヒーを入れて、朝食を優雅に食べながら出勤の準備をしたい」という行動に着目します。現実にそういう人は多いと思います。ただ実際には「早起きできずに朝食を食べる時間もなく、慌ただしい中で出勤の準備をする」ことに終始してしまっている人が多いのが現実だと思います。行動デザインとは、なぜ早起きできないのか、なぜ理想の行動を取れないのか、現実に生じている行動と意思決定を分析して阻害要因を突き止めることで、早起きできるようにするデザイン手法を指します。
ただ人間の行動を変えることは非常に難しいとされています。実感としても分かると思いますが、染み付いた習慣はよほどの動機がない限り、変わらないことが多いです。そこで授業中に紹介されたQuoteで面白いものがありました。Buckminster Fullerという方のQuoteで…
“I would never try to reform man - that’s much difficult. What I would do was to try to modify the environment in such a way as to get man moving in preferred directions”
人自体の習慣や感性をいきなり変えることは難しいので、理想の行動に変えていくためには、環境などの外部要因を変える方が得策だということです。実際に現実世界でこの原理を使ったプロダクトやサービスは多いです。ここではそのいくつかを紹介します。
このような仕組みは良い例でも悪い例でも使われることがあるのですが、行動デザインの原理がよく分かる例になっています。
(例)購入を急かす割引表示: 様々なアプリケーションで見かける仕組みですが、この表示によって今購入しないと損するかのような感情を抱かせてユーザーに購入を急かす仕組みです。
(例)退会を防ぐ仕組み: サインインやログイン機能があるサービスでよく見かける仕組みで、退会時に生じる損失を表示することにより、ユーザーに退会を再考させるようになっています。
■ 理想的な行動を阻害する“Cognitive Bias”とは何か
何らかの理想の行動や意思決定を阻害する要因として、今回のコースではCognitive Bias(認知バイアス)というものが紹介されました。人は必ずしも毎回論理的に意思決定を下しているわけではなく、自分の経験やその場の状況に影響されて、判断にバイアスが生じてしまっているということです。そのバイアスを緩和させない限り、人間の行動を理想的な方向に導いていくことは難しいということでした。ここではその認知バイアスを紹介します。
Status Quo Bias
現在染み付いている習慣や行動を人間が自ら変えていくことは単純なことではありません。余程の動機があれば別ですが、人間は現状維持を好む生物であることを表しているバイアスです。
Identity
自分が所属しているコミュニティには、言わずと知れたルールのようなものがあると思います。コミュニティは会社の同僚から国籍のような大きなものまでを表しますが、その内部の常識に縛られて判断を下してしまうバイアスです。例えば日本人であれば、道端の人にいきなり声をかけるのは不審行為として見做されるため、そうした行為をしないのが常識ですが、海外では必ずしもそうではありません。
Hassle Factor
何かタスクを完墜させる際に、些細な調べごとや質問が必要になって、そのタスクを面倒に感じた経験は誰にもあるのではないでしょうか。役所手続きが最たる例ですが、人間は些細な支障で次のステップに進むことを諦めがちであることを表現したバイアスです。
Confirmation Bias
自分が信じている仮説を保証する情報や証拠のみに目がいってしまうバイアスです。仮説には大抵の場合、それを反証する情報があると思いますが、資料作成の際にそれらに目を瞑ってしまう経験は自分にも覚えがあります。
Choice Overload
選択肢があればあるほど良いと考える人は多いと思いますが、それでは返って判断が難しくなることがあるというバイアスです。情報がたくさんあるからといって、良い判断を下せるわけではありません。
Intention-Action Gap
「明日やろうは馬鹿野郎」という言葉がありますが、まさにそれに等しいバイアスです。やりたいと思ったことと実際の行動には、かなりのギャップがあります。
Social Proof
グループディスカッションの時に頭の良さそうな人がいたとして、その人が何かを発言した時に、その方向にその場の意見が流されやすくなることがあると思います。理由は単純で、自分の意見や判断の拠り所を他人に求めているからです。このバイアスは、特に状況が複雑な時に生じやすいです。
Present Bias
目の前に100万円が与えられたとして、1年それに手を付けずにいたらもう100万円が手に入る、という状況があったとします。利益が大きいのは明らかに1年待つことなので、利益最大化という文脈では今の100万円には手を付けないことが得策です。しかし実際には現在の利益に目がくらんでしまい、100万円に手を付けてしまう方も多いと思います。未来の利益が不確かに見えてしまい、今の利益を優先してしまうバイアスです。
Availability Bias
目の前にある情報や最近身近で起きた印象的な出来事などに基づいて、何らかの判断を下してしまうバイアスです。自分が信じている直感や感覚のようなものと本来下すべき判断は、時として異なることが多いです。
Step0: Project Brief
最初のステップとして、Project Briefの紹介を行いました。今回は環境問題のような「自分に直接的な影響がなく自らアクションを取ろうとしない問題」また「何らかのアクションをとっても長続きしないような問題」に対して行動デザインすることを求められていました。
6年程前にアイスバケツチャレンジというものが流行りましたが、現在はその言葉自体を耳にすること自体がなくなっていると思います。実際に調べてみるとSNSで「アイスバケツチャレンジ」と検索した人は、6年前のある一ヶ月の間に爆発的に増えている一方で、その後急速に検索をする人の数が減少しているのと同時に、アイスバケツチャレンジの投稿をする人も減少しています。海外の有名人が始めたことをきっかけに爆発的に拡散した概念ですが、特に自分に深刻な影響を与えるような概念ではないため、ときの経過と共に人の記憶から消えていってしまったわけです。
そこで今回のプロジェクトのテーマは上の写真にあるように、「とある社会問題について情報の消費、SNSでのリツイートやシェアに収まることなく、人々を何らかのアクションに促すためには何をすれば良いか」というものになりました。また今回は完全に個人で実施するプロジェクトとなりました。
Step1: Discovery
まずはどんな社会問題に着目するかを決めるステップですが、自分は京都で発生しているオーバーツーリズムをテーマにすることにしました。というのも、今年の1月に京都に旅行したことをきっかけに、オーバーツーリズム(観光公害)の深刻さを目にしたからです。その時の光景がこちらです。
いくら観光地であったとしても、地元の商店街にこのレベルの外国人観光客が集まってしまっては、地元の人の生活が潰されてしまいます。また京都の観光者数や状況をデスクトップリサーチをしたのですが、日本人観光客は混雑を理由として減少している一方で、外国人観光客の数は増加しており、まさに日本文化が淘汰されている状況が起こりつつあるようにも感じます。オーバーツーリズムは京都だけでなく、スペインのバルセロナ等の観光地でも発生している問題なので、今回のプロジェクトを通して俯瞰することにも意義を感じていました。
京都固有の身近な例として、自分は京都のオーバーツーリズムの中でも「舞妓パパラッチ」という問題に着目しました。京都の祇園通りを歩いていた時なのですが、歩く舞妓さんを取り囲むような形で外国人観光客が写真を撮影していたことを覚えています。外国人からすると祇園通りといういかにも日本らしい環境の中、珍しい舞妓さんがいるわけですから、写真を撮りたくなるのも理解ができます。ただ許可なく舞妓さんを撮影することは、実際にはタブーのようで、これもオーバーツーリズムの一つであると言えます。
ただ今回自分がテーマにしていたのは、外国人観光客の行動や態度を変えることではなく、京都市民の行動をデザインすることに主眼を置きました。というのも、個人的には日本人としてそうした観光客の行為を目にした時に注意しないことも問題だと考えられるからです。言語や文化の違いでなかなか外国人に指摘していくのは躊躇いがちですが、一生に一度しか来ず、右も左も分からない外国人観光客の行動を変えるより、京都市民側の行動をデザインした方が長期的な効果がありそうだと認識しました。
ということで、今後の問題は「京都市民が祇園通りで舞妓パパラッチをしている外国人観光客を見かけた時に注意しない」こととします。
問題を定めた次は、発生している状況を「行動」と「意思決定」に分けてどの行動や意思決定を変えるべきか、検討するステップです。自分の場合は、舞妓パパラッチをしている観光客を見かけてから、注意をしないまま内々で文句を言っている、までの些細な「行動」や「意思決定」を可視化することが必要でした。ちなみに「意思決定」というのは先ほど紹介した、京都市民のバイアスによって生じていると考えられます。
その結果、自分は以下の3つが大きな問題・バイアスなのではないかと結論し、それぞれについてHMW文を作ることにしました。
■ 外国人アレルギー: 英語でのディスカッション、駅で外国人に話しかけられた時など、英語という理由で自分が伝えたいことを十分に伝えられなかった経験は誰にでもあると想定。過去の経験から外国人に注意しても無駄だという感覚を抱いてしまうことは十分に考えられる(Availability Bias)
⇨ 1. How might we reduce the perception that Kyoto residents have that foreign tourists wouldn’t understand their intention completely?
■ 外国人韓国客を注意することに意義を見出せない: 全く知らない外国人に話しかけることは、英語ネイティブならまだしも多くの京都市民にとっては大きな支障になり得るため、余程の理由がないと現状の習慣を変えることには至らないと考えられる(Status Quo Bias)
⇨ 2. How might we enable Kyoto residents to feel that their action is actually appreciated/rewarded by foreign tourists?
■ 日本人としてのアイデンティティ: 日本人として全く知らない赤の他人に道端で話しかけることには抵抗を感じてしまう(Identity Bias)
⇨ 3. How might we foster a new identity among local Kyoto residents so that they feel free to talk to foreign tourists in a street?
Step2: Concept
次のステップでは、設定したHMW文に基づいてアイディアを考えます。今回のコースでは自分でブレインストーミングを行うと同時に、あまりコンテクストを知らない他の学生にもブレインストーミングをしてもらうことで、斬新なアイディアを得る試みもしました。
ブレインストーミングの結果、自分は祇園通りに、外国人が観光帰りに京都旅行における日本人との交流の思い出や感謝を共有することができる、”感謝ボード(Kansha Board)”を置くことを考案しました。感謝ボードは、日本の神社・寺院でおみくじをした後に、おみくじを結びつける行為をインスピレーションとしました。また和紙や折り紙を京都市民向けの手紙とすることで、外国人観光客にとって魅力的に映るような狙いも込めています。
またこのコンセプトは、先述した1と2のHMW文に答えようとしています。
How might we reduce the perception that Kyoto residents have that foreign tourists wouldn’t understand their intention completely?
⇨ 感謝ボードに外国人観光客が京都市民との対話の記録やそれに対する感謝を示すことで、双方の心理的な距離を近づけると同時に、問題なくコミュニケーションできていることを示すことで、外国人観光客へ話しかける躊躇いを軽減する
How might we enable Kyoto residents to feel that their action is actually appreciated/rewarded by foreign tourists?
⇨ 感謝ボードに外国人観光客が京都市民との対話の記録やそれに対する感謝を示すことで、京都市民自らの行動が実際に意義あるものであったことを提示する(実際に感謝されていることを知る)
Step3: Prototyping
次のステップでは、実際に試作品を使ってユーザーとテストする段階です。とは言っても実際にプロトタイプに回せる時間は半日もなかったので、家にある段ボールと紙を使って1~2時間程度で作成することが可能な、ペーパープロトタイプをする他、ありませんでした。自分は下の写真にあるような感謝ボード(上写真)と折り紙レター(下写真)をプロトタイプしました。
また主なプロトタイプのテストの切り口として、日本人・外国人観光客ともに以下を想定していました。
・祇園通りに感謝ボードがあったとして、その存在に気づいた上で意図を理解して折り紙レターを記入する/読むか
・折り紙レターにどんな内容を記入するか / どんな内容が記入されていたら外国人とコミュニケーションすることへの抵抗がなくなるか
■ 日本人からのフィードバック(2名)
CIIDの学生の中に日本人がいるので、今回は時間的制約を考慮して彼らにインタビューすることにしました。2人とも京都市民でもなければ、オーバーツーリズムについても勘所があるわけではありませんでしたが、以下の点について主にフィードバックを受けることができました。
人だかりや案内がないと感謝ボードに近づこうと思わない:
感謝ボードは神社のおみくじを巻きつける場所に基づいてデザインされているので、日本人として「何かを取りにいく行為」が連想できないとのことでした。案内板があったり案内人がボードの近くにいれば話は別ですが、その場合でも周囲に人だかりのような注目を集めるモノがないと、わざわざ近づくことはないというフィードバックを受けました。
折り紙レターの内容は1対1であるべき(自分が出会った外国人から送られてくるべき): 京都の祇園通りに感謝ボードを置く予定なので、折り紙レターの中身は個人宛というよりも京都市民全体宛にするつもりでしたが、それだと単純に誰宛のメッセージか分からない、無視するかもしれないというフィードバックを受けました。そのため1対1のメッセージが好ましく、ただ単純にメッセージだけではなく、外国人との対話やコミュニケーションをした時の場面を想起させる写真やモノが折り紙レターの中身に入っていると、もらって嬉しくなるというフィードバックを受けました。
エントリーポイントの確保:
祇園通りに感謝ボードがあると、単純にその存在に気づかない可能性も高いので、空港に感謝ボードを設置することはどうかという意見もありました。入国時に折り紙レターを外国人観光客に渡し、旅行先で出会った日本人向けに折り紙レターを書き、帰国時に書いた折り紙レターを結びつけて帰るということです。感謝ボードに気づくタイミングを与えようという狙いです。
■ 外国人からのフィードバック(3名)
外国人観光客として3名のCIIDの学生にインタビューしました。いずれも京都への観光経験はなく、また舞妓パパラッチの存在も知っていなかったので、典型的な外国人観光客と言うことができると思います。主に受けたフィードバックは、以下の通りです。
舞妓さんのような文化的に珍しいものが感謝ボード周辺にあるべき:
感謝ボードへの興味・関心を引くために、その周辺に舞妓さんのような日本の文化を象徴するようなモノがあれば、近づきやすいということです。また舞妓さんのような人であれば、感謝ボードの意義やインストラクションをすることも可能です。ただ感謝ボードの周りに人を置くと、何かを押売られそうで怖いというフィードバックもありました。
折り紙レターに書く内容に関してインストラクションがあるべき:
折り紙レターを手にして最初に思ったことは、単純に何を書くべきか迷うということでした。”Thank you!!”や”Love you!!”などのような適当なメッセージ以上に、しっかりとした感謝の意を書くことに抵抗はないが、書く内容についてインストラクションがあると助かるということでした。
「写真投稿⇨タグ付⇨シェア⇨他の外国人観光客認知」の流れ:
京都の観光前に感謝ボードの存在を知ることができたら、出向きやすいというフィードバックと、Instagramに自分が書いた折り紙レターが掲載されたらシェアしたいというフィードバックを合わせて、京都の観光協会のような団体がInstagramへ写真投稿&タグ付した後に、多くの外国人観光客がシェアすれば感謝ボードの有名度が上がっていくだろうという仮説です。
Step4: Experiment
今回の授業ではただ単純にプロトタイプを作るだけではなく、実際に導入後にそのプロダクトやサービスに効果があるのか測定する方法まで学習しました。実際には効果測定までする時間はなかったのですが、自分のケースでは以下の効果測定が有用であると考えられます。
感謝ボードが設置してあるエリアと設置してないエリアを分ける:
仮に祇園エリアに感謝ボードを設置したとして、例えば嵐山エリアにはボードを設置しなかったとします。祇園エリアと嵐山エリアの住民と外国人観光客に統計的に大きな差はないはずなので、もし祇園エリアのみで「外国人との会話量が増えた」「抵抗がなくなった」という効果が見られるのであれば、感謝ボードに何らかの効果があったということになります。ただ他に何らかの外的な要因があるか否かはチェックする必要があります。
感謝ボード設置前後の祇園エリアをチェックする:
ある特定の祇園エリアに監視カメラを複数設置し、感謝ボードの設置前後で外国人観光客に話しかける日本人の姿が確認される(増えている)ようであれば、感謝ボードをきっかけとして、日本人と外国人観光客の間のしがらみが軽減されていると言えます。
今回の記事はこの辺りで終えたいと思いますが、「行動デザイン」の意義や効果を理解できたコースとなりました。個人的にはもっと長かったらより面白いコースになると思っています。
町田