映画『TENET テネット』(ネタバレ含む)—根源を巡る旅001
2020/09/19開始
2020/09/25更新
今日、2020/09/19に映画『TENET テネット』を観たので、簡単にまとめ、情報の提供をしたい。また、自分なりの楽しみ方や面白がり方も少し付け加えたい。
映画『TENET テネット』は、私が好きな①時間、②スパイ、③科学、④クリストファー・ノーラン監督、⑤戦略(実力・暴力を含めた多角的な手段による権力闘争)が詰め込まれていて、以前より公開を待ち遠しく思っていた作品だ。
2020/09/18に映画『TENET テネット』が公開された。世界同時公開ではなく、Australiaではpreview screeningとして、8月22日に公開されていたようだ。アメリカでは9月3日公開と少し遅いのが意外。EUと英国では8月26日から公開されており、世界各地で考察が行われている様子。
キャッチコピーは以下の通りだ。
「ミッション
〈時間〉から脱出せよ。」
このキャッチコピーを読むと、一見「時間」がテーマだと思うが、別のテーマがあると私は考えている。
主人公を演じるのは、ジョン・デイビッド・ワシントンで、デンゼル・ワシントンの子供。主人公は、『007』のダニエル・ クレイグ版ジェームズ・ボンド、『銀河英雄伝説』の薔薇の騎士(ローゼンリッター)連隊ワルター・フォン・シェーンコップ、『MASTERキートン』の平賀=キートン・太一と同じく、白兵戦に強みを持っている。観終わった後に気付いたが、主人公の名前が思い出せなかった。主人公はアメリカの海軍特殊部隊に所属。
主人公の習慣、好み、信条
劇中で観察される主人公の習慣、好み、信条は以下の通り。
▼時間があれば、はしご登り、懸垂、腕立て伏せなどの筋トレを行う。
▼銃の整備も怠らない。
▼サイダー水ではなく、ダイエット・コークが好み。
▼ブルックス・ブラザーズのスーツが好き。主人公の属する組織の予算の関係で、ブルックス・ブラザーズのスーツしか買えない、と主人公は言っている。2008年『ダークナイトThe Dark Knight』アルフレッド・ペニーワース、2010年『インセプションInception』スティーブン・マイルズ教授、2014年『インターステラーInterstellar』ブランド教授、『キングスマンKingsman: The Secret Service』 アーサーを演じたマイケル・ケインが、主人公がブルックス・ブラザーズのスーツを着ていることを見抜く場面がある。
マイケル・ケインからクレジットカードを受け取った主人公は、新しいスーツをどこで仕立てたのだろうか? おそらくイギリスのロンドンのテイラーで仕立てたのだろうが、具体的にテイラーの名称を知りたい
▼嘘は常套手段。
▼[追記 2020/09/25]アメリカ海軍の特殊部隊に所属
欲望
主人公の欲望、悪役(表層的にはそのように描かれていた)であるセイターの欲望、どちらもはっきりと理解できなかった。
主人公の欲望として考えられるのは以下の通りだ。
・第三次世界大戦を防ぐべくミッションを与えられたので、そのミッションを完遂させたい。
・ロザムンド・パイク似の女性の命を助けたい。でも、その理由や背景は明かされない。主人公の感情が発露される場面を想起できないが、実際はどうだったのだろうか?
セイターの欲望は、自らの余命が短いので、自らが死ぬタイミングで、世界を滅亡させたい、というのが表層的な欲望だ。セイターの欲望は、最終盤で明かされていえたように記憶しているが、一回見ただけでは把握できなかった。最終盤において、セイターは「自分の利益を最優先して動いている」という趣旨のことを言っていたように記憶している。
セイターのやりたかったことは、a アルゴリズムを破壊すること、b 時間を完全に逆行させることだと思うが、真の理由を把握しきれなかった。
そして、セイターの裏にいる人物とは誰か? もしかしたら、未来の主人公が裏にいる人物なのかもしれない。
敵は誰なのか?
『TENET テネット』では、誰と誰が争っているのか? 一見すると、主人公と武器商人セイターとの戦いだ。
現代人と未来人との戦いだとも捉えられるだろう。
本質的には、『TENET テネット』を「観る前の自分」と「観た後との自分」との戦いだ。つまり、「未来をより具体的に想像しようとしていない自分」と「具体的に想像しようとしている自分」との戦いだ。それは、世界のこと、人類のことであってもいいし、自分自身の未来のことであってもいいだろう。
現状維持のままであっても人類が滅亡するという考えが作品の大前提にあると思うが、その人類滅亡の姿はこの作品では描かれていない。それを一人一人が想像するのも楽しみ方の1つ。
未来への想像力を働かせるきっかけとしての装置が映画『TENET テネット』という機能だ。
法律
時間の逆行を禁止する法律、制約する法律はまだない。国家単位では、この新しい技術を把握しているのだろうが、明るみになっていないため、国益や自組織の利益のためになるように使っているという現状。今回のような技術が明るみになった場合にどんな規制をするできべきかを考えるのも面白いだろう。
時間の逆行を表層上は映画では表現しているが、現在の現実に応用するとしたら、実は記録や記憶の改ざんの話に近いのかもしれない。もしくは、歴史の改ざんの話と言ってもいいだろう。さらに考えると、日々の行動を人々が「記録」することで、近未来は予測できることになる。予測結果をもとに、過去の行動を変えることで、未来を変化させるという話にも繋がるかもしれない。
『時効警察』。軍事における戦闘の場は、陸、海、空、サイバー空間、宇宙空間の5つというのが通説だが、映画『TENET テネット』では時間空間も戦闘の場になり得ることを表現したのが面白いところだ。
戦争や軍事のあり方が将来変わることの予言なのかもしれない、つまり、時間という場・フィールドが加わるという予言。
登場する学問領域、観賞に役立つ学問
▼物理
・核
・「プルトニウム241」とは何か?
・エントロピー増大の法則(熱力学第二の法則)
▼軍事
・戦略
・戦術
・戦闘
▼地理、または、聖地巡礼用のリスト
映画に登場する地名を、映画登場順に記載する。
・ウクライナの首都キエフ 映画の最初のシーンは、観客が集まるキエフ国立音楽劇場で、コンサート開始直前のオーケストラの音律調整中のシーン。
・ノルウェーの都市トロンヘイム(*)(トロンハイムとも言う)(ノルウェー中部に位置するノルウェー第3の都市) 映画では海の上のシーンとして描写される。なお、トロンヘイムからキエフまで2,868 kmあり、車で32 時間かかる。*パンフレット7ページに記載あり。[追記 2020/09/25]
・インドの都市ムンバイ
・イギリスの首都ロンドン
・ノルウェーの都市オスロ
・エストニアの都市タリン
・イタリアのアマルフィ海岸
・北シベリアの都市スタルスク12
聖地巡礼的に旅行先のリストとしても使える。
▼歴史
・世界大戦
・冷戦
・核、核爆弾
・ソ連
今回、「核」が科学的に必要だったのかもしれないが、それでもなお、「核」そのものだけではなく、それに大きく関連するソ連、冷戦、世界大戦といういわば使い古されたモチーフを持ち出しているのが興味深い。もちろん、国家対国家という図式では語っていないし、国家という大きな物語にまつわるストーリーではないものの、中立的な意味で違和感が残った。なお、中国は映画には登場しない。
▼交渉術
映画『TENET テネット』では、交渉らしい交渉はほとんどない。なるべく紳士的に振る舞い、時には暴力や実力を使いながら、ヒントを得ていくしかないからだ。
▼言語学[追記 2020/09/20]
・ラテン語
▼登場しない学問領域やテクノロジー
逆に、化学、サイバーセキュリティ、バイオテクノロジー、AIは直接は登場しない。
キーワード
▼祖父殺しのパラドックス(grandfather paradox)
様々な創作物の中で祖父殺しのパラドックスが使われているが、科学理論として真実はどうなのかを調べてみたい。
自由意思との関係もあるが、過去を変えても未来が変わらないとしたら、やはり何のために主人公たちが戦っているのかが分からなくなる。自由意思で世界は構築されているのではなく、運命論で世界は動いているという刷り込みが行われる作品なのだろう。
何が描かれていないか?
・逆行の技術を、主人公が徐々に徐々に習得し、それを使って相手を倒していく過程は描かれていない。主人公単体に焦点を絞ると、逆行での戦闘では負けていると言える。
・現状のまま進んだ場合、未来がどうなるのか、つまり、第三次世界大戦がどうなるのかは映像化されていない。もしくは、第三次世界大戦は、第一次世界大戦や第二次世界大戦のような国家群が総出するような「世界大戦」にはならず、本作で描かれているような、ニュースでも報道されないような「静戦」(静かな戦争)になる、というのが映画のメッセージなのだろうか。
・組織やチームの作り方は描かれていない。その全てはニールという実は謎の人物に委ねているからだ。
映画『TENET テネット』8つの教訓。または、映画『TENET テネット』によってどんな教訓が刷り込まれるか。
▼1 科学は悪だ。科学を発展させることで世界が滅ぶ。
▼2 因果関係は複雑で捉えにくいものだ。
▼3 記録を残しておくことで助かる確率が高まる。記録を残しておくこと、自分自身を発信することで、他人が助かる確率が高まる。
→「記録」という概念が面白かった。歴史をデータベース化して、しかも、過去だけではなく、未来の歴史をデータベース化して、今の現状を有利な方向に変化させていくという発想だろう。
▼4 現状を維持することが正しく、正義である。逆に、変化を起こそうとするもの、一人の個人的な欲望で、人類全体に危害を加えるのは望ましくない。
▼5 世の中にはまだ知られていない秘密がある。そして、その秘密はある一人に集中してもたらせるものだ。
▼6 秘密が一人に集中している場合、それが悪用される恐れがある。
▼7 全体像が見えないのが現状である。そのため、戦略を立案しづらい世の中だ。
▼8 進歩した科学は金儲けに使われる。また、科学は悪者に悪用される。[追記 2020/09/20]
個人的に解明できていない謎
謎というほど大きなものではないが、疑問に残っていることを記載しておく。
▼キエフのコンサートホールにいた二階の男性は誰だったのか? 合言葉を交した男性の正体とは?
▼キエフのコンサートホールでの戦闘は、誰と誰との間の戦いだったのか?
▼キエフの研究室で壁と銃と銃弾の実験を行なったが、あの現象を全て逆行でできないのではないか。ちなみに、キエフでの女性研究者は、BBCドラマ『シャーロック』の法医学者のモリー・フーパーを演じるルイーズ・ブリーリーだと観賞中は思ったが、実際は違う。クレマンス・ポエジーという俳優が演じている。
▼主人公にはなぜ名前がないのか?
▼合言葉の内容、合言葉の意味、合言葉の出典は?
▼「時を逆行する武器」を売るインド女性は、なぜ『ゴーン・ガール』のロザムンド・パイク似の女性(「キャット」という名前)を殺そうとするのか?
→[追記 2020/09/20]キャットの息子を殺そうとしているという説を目にした。面白い考察だ。また、キャットの息子はニールだという説を提唱している。
パンフレット22ページにも同様の説が記載されている。
▼隊長・ニールと主人公はなぜ最後に離れ離れになったのか?
▼[追記 2020/09/25]キャットの傷はなぜ治ったのか? 逆行することで、局所的に、つまり、傷口だけにエントロピー減少の法則が働いたのか?
▼[追記 2020/09/25]研究室以外の場所で、リリース&キャッチの術はどこで使われたのか?
→セイターがヨットの上で、金塊を手に取る場面では、リリース&キャッチの術が使われていたように記憶している。
▼[追記 2020/09/25]傷ありキャットは海に飛び込んだ後、結局、回転ドアに乗ったのか?
▼[追記 2020/09/25]キャットも主人公たちも、逆行したあとまた回転ドアに乗ったのか?
▼[追記 2020/09/25]回転ドアはノルウェーのオスロ空港とエストニアの都市タリンの二箇所にあるが、タリンを日常的には使っているのか? もしくは、二箇所以外にも回転ドアは存在しているのだろうか?
▼[追記 2020/09/25]なぜキャットを主人公は助けようとするのか?
▼セイターが直接的に最期にやりたかったことは何か?
→①アルゴリズム自体を破壊すること、②アルゴリズムを破壊するのではなく、埋めてしまい、容易に掘り出すことができないようにすること、③アルゴリズムを使って、世界を順行から逆行に完全に切り替えてしまうこと、などが考えられる。特に、②は、セイター自身のミッションとしては、アルゴリズムを逆行させるまでは課されていなく、未来人がアルゴリズムを使って逆行させることを意図しているのではないか。
パンフレット購入のススメ
映画『TENET テネット』のパンフレットは税込900円。朝一番の上映回だったせいか、パンフレットが一時売り切れになっていたので、謎解きをしたい人は、映画館に到着してすぐに購入した方がいいかもしれない。
16ページから東京工業大学理学院物理学系助教の山崎詩郎氏が「TIME RUNS OUT 逆行する時間の謎を解明せよ 物理学的視点で観る『TENET テネット』」と題して、図解入りで解説をしている。必見。もちろん、自ら謎解きをしたい場合は、心行くまで何回も何回も観賞したのち、パンフレットを読まれたい。
*参考 山崎詩郎氏による『インター・ステラー』の解説
パンフレット表紙を見ると、スーツ姿の主人公が上部、赤い腕章をした主人公か下部に配置されている。違和感がある。ネタバレになり、また、表現がしづらいからだろうが、本来なら、例えば、上部が時間順行時の主人公で、下部が時間逆行時の主人公を配置してもいいはずだ。
これは、実は、別の文脈があり、1つは監督クリストファー・ノーランが考える007を描くこと、もう1つは時間を使った戦争を描きたかったことを両立させようとしたのが、この映画『TENET テネット』だということだと思う。結果、2020/08/25のThe Economistの記事では"Poor time management"と言われている。
その意味では、逆行空間に入る前と後で大きく話が変わっていると言えるだろう。逆行空間に入る直前で幕間(まくあい)が訪れる。
マトリックスとの関係
映画『マトリックス』で、主人公ネオが青い錠剤(Blue Pill)を飲んで夢を見続けるか、赤い錠剤(Red Pill)を飲んで真実を知るかのどちらかを選ぶことになり、主人公ネオはRed Pillを選ぶシーンがある。つまり、夢が青で、真の真実が赤だ。
一方で、『TENET テネット』では、逆行チームが青で、順行チームが赤だ。
そう考えていくと、監督のクリストファー・ノーランは、逆行が夢で、順行が真の真実だと捉えているのだろう。
n次創作のタネ
想像をさらに広げるための第一歩となる問いをここでは取り上げる。
▼[追記 2020/09/25]映画『TENET テネット』における逆行の技術が民生転用され一般に普及した場合の世界はどうなるのか?
▼[追記 2020/09/25]映画『TENET テネット』をイデオロギーや宗教の戦いだと見た場合、具体的にはどんなイデオロギー・宗教の戦いなのか? また、未来において、どんな論争が行われているのかを考察してみよう。ユヴァル・ノア・ハラリの『ホモ・デウス』では、自由主義的人間至上主義、社会主義的人間至上主義、進化論的人間至上主義などのイデオロギーが紹介されている。
映画『TENET テネット』が好きな人にオススメの作品
映画『TENET テネット』が好きな人にオススメの作品は以下の通り。一度触れたことがある作品でも、もう一度触れてもいいかもしれない。
▼時間と空間系
・Netflixの海外ドラマ『DARK ダーク』
・テレビドラマ『魔法少女まどか☆マギカ』
・映画『マトリックス』
・映画&小説『All You Need Is Kill』
・小説『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』(村上春樹)
・小説『息吹』(テッド・チャン (著), 大森望 (翻訳))中の短編「商人と錬金術師の門」
▼全体像が把握できないときのサバイバル方法を教えてくれる系
・小説『海辺のカフカ』(村上春樹) 映画『TENET テネット』とカフカ君の応対には共通しているものがあるように思う。
▼近未来予測系
映画『マイノリティ・リポート』 近未来を予測できることは、近未来から見た過去、つまり、現在を変化させることに繋がる。その意味では、映画『TENET テネット』のテーマと共通するものがある。
▼壁抜け系
・『ねじまき鳥クロニクル』(村上春樹) 時間と空間系に入れても良かったが。
続編も十分に作れるように、余白があり、伏線もはられているように感じた。逆行世界の具現化・映像化の試みはクリストファー・ノーランの中では終わっているはずで、次の構想も練っていることだろうから続編はないと思う。各人で続編のn次創作を妄想するなどして、楽しめたらいいだろう。n次創作が無数に作られることで、2つの世界だけではなく、無数の世界がこの世の中に表出することを願って。
[追記 2020/09/19] 池袋のIMAXシアターに初めて行った。本物のIMAXシアターは日本には大阪と池袋の2つしかない。今回は前から3番目のC列だったので、堪能できたとは言えないが、わざわざクリストファー・ノーラン監督が苦労してIMAXフィルムを使って撮影したのだから、縦1:横1.43のフルサイズで楽しみたいし、楽しんで欲しい。家では楽しめないし、期間限定なので、もう一度、池袋のIMAXシアターを訪れて、映画『TENET テネット』を楽しみたい。
[追記 2020/09/19] SATOR AREPO TENET OPERA ROTASについては、パンフレット13ページに記載あり。「農夫のアレポ氏は馬鋤き(うますき/ますき)を引いて仕事をする」。下のツイートのように、左上から縦読みできることは気付かなかった。このラテン語の意味の本質は何だろうか? なぜ監督はこのラテン語を選んだのか?
SATOR
AREPO
TENET
OPERA
ROTAS
[追記 2020/09/20] 嘘や騙しが常套手段であるとしたら、作品の中で語られる以下の言説は真実なのだろうか、嘘なのだろうか?
・第三次世界大戦が起こる。
・アルコリズムによって、世界が滅亡する。
・アルゴリズムを開発した科学者はすでに死んでいる。
関連記事>>> 日常生活で『TENET テネット』ごっこをしながら、日常生活や仕事を楽しむ方法を書いてみた。[2020/09/21追記]
以上