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実話怪談 #48 「ときどき本当に」

 これは十代後半の女性、川瀬さんのだんである。

 現在の川瀬さんは高校生だが、当時は小学校高学年だったという。
 近所に評判のよくない三十代後半の男性が住んでいた。酒に酔ってしょっちゅう暴れまわり、ギャンブルによる膨大な借金を負っており、複数の女性に結婚詐欺じみたことを行っている。
 そういう悪評の立っている男性だった。
 嘘かまことかがはっきりとしない話だったが、男性に騙された女性が自殺を図ったという噂もあった。

 川瀬さんは学校帰りや母親の買い物についていくときなどに、その男性をちょくちょく見かけていた。すると、あるときから男性の背後に髪の長い女性が立つようになった。二十代後半と思われる痩せた女性で、グレーのタイトなワンピースを着ていた。

 男性の背後に立っているその女性は、男性を睨みつけながら、両手で男性の背中を突き飛ばしていた。長い髪を振り乱して、何度も何度も突き飛ばしている。男性に強い恨みを抱いているように見えた。
 ただ、実際は突き飛ばすしぐさをしているだけで、女性の腕は男性の身体からだをすり抜けていた。

 川瀬さんは友達や母親にこう尋ねてみた。
「あの女の人、なにしてるのかな?」
 しかし、友達も母親も「女の人?」と首を傾げた。
 あれは自分にしか見えないもの――きっと霊的ななにかだろうと、川瀬さんは小学生ながらにそう理解した。以後は女性のことを口にしないようにした。

 それから半年ほどが経った頃だった。
 男性が歩道橋から転げ落ちて、大怪我をしたという話を聞いた。足や肋骨などを骨折したうえに、頭に数針縫うほどの怪我をしたという。
 男性は運ばれた病院で、誰かに背中を押されたと訴えたらしい。だが、たまたま歩道橋の下から現場を見ていた通行人は、男性の近くには誰もいなかったと証言した。

 また、その怪我がおおかた治った矢先に、男性は再び大怪我を負い、再入院することになった。赤信号の横断歩道に飛び出して、走行中の車と接触したのだ。男性は事故を担当した警察官に、誰かに背中を押されたと訴えた。しかし、最終的にはそのような事実は確認されなかった。
  
 以後も男性は幾度となく大怪我をした。どこかから転落したり、危険な飛び出しをしたりしたのだ。
 そのつど背中を押されたと訴えたそうだが、それが認められたことは一度もなかった。

 そうやって大怪我を繰り返した男性は、とうとうまともに歩けなくなってしまった。何度も足を骨折したがために、右足首の骨が完全に変形したのだ。また、度重なる怪我はほかにも影響を及ぼし、右手の親指と人差し指が曲がらなくなった。そして、前歯もほとんどが折れてなくなっていた。

 男性がそうなってからも、例の女性は男性の背後にいた。長い髪を振り乱しながら、男性を何度も突き飛ばしている。女性の細い両腕は男性の身体をすり抜けていたが、それでも女性は突き飛ばすしぐさを繰り返していた。

 そして、いつの頃からかその男性をいっさい見かけなくなった。どこかに引っ越していったらしいのだが、詳しい事情を知る人はひとりもいなかった。町から出ていったあとの男性がどうしているかは不明だ。

    *

 高校生になった現在の川瀬さんはこのように思っている。
 男性が大怪我を繰り返したのは、きっとあの女性の仕業に違いない。

 女性は長い髪を振り乱しながら、男性を突き飛ばすしぐさを、何度も何度も繰り返していた。女性の細い両腕は男性の身体をすり抜けていたが、ときどき本当に突き飛ばせることがあったのだろう。

     (了)


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烏目浩輔
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