拝啓 小杉湯のお客さまへ
いつも小杉湯にお越しいただき、誠にありがとうございます。今日は、いつも小杉湯に通ってくださるみなさまにお手紙を書かせていただきます。
実は、私たち小杉湯は、2024年春、原宿に2店舗目「小杉湯原宿(仮称)」を出すことになりました。場所は、神宮前交差点に開業する商業施設、東急プラザ「ハラカド」の地下1階です。
高円寺の街と共に90年。一度も建て替えることなく、変わらぬ門構えで数えきれないお客さまをお迎えしてきました。小杉湯で働くスタッフはみな、とにかく高円寺という街が大好きです。「中央線カルチャー」と称される独特の文化。どんな人がいる街か?と聞かれたら、「どんな人でも受け入れてくれる街」と答えたくなる。大きな商業施設はなく、小規模なお店が立ち並ぶ、ローカルでニッチなこの土地。この街を愛し、愛され、この街と共に、小杉湯は続いてきました。
私たち自身、高円寺以外の土地で銭湯を経営するだなんて考えたこともありませんでした。今日は、そんな私たちがどうして、原宿で2店舗目を出すことを決めたのか。この大きな商業施設のない街を愛する私たちが、どうして大きな商業施設に出店するのか。
「小杉湯を続けること」
ただそれだけを思い、考え抜いた先に出した一つの決断を、みなさんに報告させてください。
少し長くなってしまいますが、いつも小杉湯に来てくれるあなたを思って。
世の中に銭湯は必要か
「今の建物のまま、小杉湯を50年後も、100年後も続けたい」
小杉湯の頭のど真ん中には、いつもこの思いがあります。
1960年代にユニットバスが作られ、家にお風呂があることが当たり前になりました。それに伴い、銭湯は急激に減少。近年は、非日常的な体験としてのサウナ施設やスーパー銭湯が流行している一方、人々の日常を支えてきた銭湯の多くがひっそりと暖簾を下ろしています。そんな時代に、なぜ街の銭湯は必要なのか。銭湯の存在意義は何か。ただひたすらにその問いを繰り返し、試行錯誤を積み重ねてきました。地域の生産者さんとのコラボ風呂、銭湯付きシェアスペース「小杉湯となり」、SNSでの発信などの取り組みを通し、50年後も、100年後も小杉湯を続けるために、どんなことができるかを考えてきました。
本音を言えば、私たち自身が銭湯を愛し、毎日のように小杉湯に入っているのだから、「銭湯は必要だ!」と声高々に言うこともできるんです。けれども、それは”私たち”に見えている風景であって、市場は違う。まだまだ銭湯に入ることが日常である人は多くないし、銭湯の数はみるみる減っている。
喫茶店、映画館、本屋、銭湯。そんな誰かの生活の支えになっている場所は、いまでも誰かに求められ、愛されている。だけど、実際そういった場所をいつまでも続けることは簡単ではない。自分たちが必要だと”思っている”だけでは、足りないのかもしれない。銭湯の価値を世の中に伝えていかないと、皆さまが好きでいてくださる小杉湯を、続けられないのかもしれないと思ったんです。
そんな葛藤の最中に、出会ったのが東急不動産でした。
東急不動産との出会い
「原宿に、銭湯を作りたいんです。」
小杉湯に足を運んでくれた東急不動産の社員さんは、真っ直ぐな目で私たちに構想を話してくれました。
今、渋谷は100年に一度の大再開発中。渋谷駅を起点に、半径2.5kmを「広域渋谷圏」と定義し、新たな商業施設の開業や、既存施設のリニューアルを行っています。その中の一つ、神宮前交差点にオープンする商業施設に、銭湯を作りたいという相談。
非日常の日だけでなく、日常的にも訪れる商業施設を作りたい。
街と向き合い、街の人に愛される場所を作りたい。
地域に根差して、地域と共に歩んでいきたい。
そう説明してくださいました。
「商業施設に銭湯を作る」
聞いただけでも大変そうなプロジェクトは、私たちが思っている何倍も大変でした。全く規模も業界も違う、ディベロッパーと街の銭湯が一緒に事業に取り組めば、最初は思いが通じ合わない場面も多く、諦めようとした日もありました。銭湯が、”ただの消費の場”として捉えられている感覚をもち、ぶつかった日もありました。
だけど、小杉湯だけが銭湯の価値を分かっているだけでは、今までと変わらない。世の中に伝わる言葉で説明できなければ、今の小杉湯であり続けることはできない。
「原宿に、小杉湯のような風景をつくりたい」。そう私たち自身が信念をもてた時、どんな人に対しても、伝わるまで伝えることを諦めなくなりました。東急の方々と共に語り合う月日を重ねるごとに、「何があっても結局は同じ方向を向いているはずだ」という信頼を持てるようになりました。東急不動産と小杉湯。出会うはずのない2社が出会い、何度も対話を重ね、もはやディベロッパーとテナントではなく、人と人との関係性で結ばれたチームになれました。
東急不動産の思いに、嘘は何一つありませんでした。原宿の街に十数年ずっと向き合い続けた社員さん。地域の方々と、この街がどうすれば良くなるのかを一緒に本気で考えていました。原宿の街を愛する町内会の皆さんにも出会わせてくれました。単なるテナントの企画としてでなく、かつて住民の憩いの場が多く存在した原宿に、小杉湯らしい銭湯があることの意義を、共に熱く語ることが出来ました。
原宿に銭湯を作りたい。最初は「一枚の企画書」だった思いが、現実となって、来年春開業します。
小杉湯は、小杉湯です。
原宿という街で生きる皆さまの日常を支える「小杉湯 原宿(仮称)」。
富士山の壁画、白いタイル張りの浴室、ケロリン桶にミルク風呂。
サウナはありません。温かいお風呂と水風呂で体がゆるまる温冷交互浴。生産者と繋がるイベント風呂や物品販売。原宿の地域と繋がる取り組み。番台と番頭とお客さん。
モットーは、きれいで、清潔で、きもちのいいお風呂を沸かすこと。
大切なことは何も変わらない。
小杉湯から生まれる風景を、ずっとずっと続けていきたいから。
小杉湯のお客様へ。
改めて、いつも本当にありがとうございます。皆さまが、小杉湯でお風呂に入ってくれて、小杉湯を日常の場として大切にしてくれて。本当に毎日嬉しいんです。私たちが大好きな高円寺の小杉湯は、何も変わりません。今日も、明日も、高円寺の小杉湯をよろしくお願いいたします。
そして、原宿の小杉湯も、皆さんと一緒に育てていけると、これ以上の幸せはありません。私たちは、100年続く銭湯を作る覚悟で、開業します。来年の4月を一緒に楽しみにしていてください。
敬具
2023年5月31日 小杉湯より
【プレスリリース】
広域渋谷圏の「神宮前六丁目地区第一種市街地再開発事業」が名称決定 東急プラザ原宿「ハラカド」で新しい文化を創造・発信https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000151.000006953.html