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中川多理展「老天使の肋骨 The Costa of the Ancient Angel」②軍艦茉莉

昨年の読書で樺太〜大連について手繰っていた時に手にした、安西冬衛の詩集『軍艦茉莉』をモチーフに、黒衣の軍艦肋骨の少女を制作しました。

てふてふが一匹韃靼海峡を渡って行った。

「春」安西冬衛

安西冬衛の美しい一行詩「春」は、多くの方が一度は目にし、触れているのではないでしょうか。

安西冬衛略歴:1898年(明治31年)生。1920年、父の赴任先であり当時日本の租借地であった大連に渡る。翌年、満鉄に入社、関節炎を患い右脚を切断。満鉄を退社後、文学に興味を示し北川冬彦らと詩誌「亞」を大連で創刊、新しい散文詩運動を推進した。詩集に『軍艦茉莉』、『亜細亜の鹹湖』、『韃靼海峡と蝶』などがある。
フランス綴じアンカット本


「茉莉」と読まれた軍艦が、北支那の月の出の碇泊場に今夜も錨を投れている。岩塩のやうにひっそりと白く。

「軍艦茉莉」安西冬衛

表題作の「軍艦茉莉」は軍艦を茉莉という少女に見立て、阿片に溺れる白皙の大尉(艦長)から見た軍艦茉莉の姿が描写される不思議な作品です。

茉莉と重ね合わせるように、陰鬱な憂き目にあう妹の姿がたびたび現れます。

「軍艦肋骨号遺聞」では軍艦を肋骨と呼び、アルト・ハイデルベルヒという女性(猫児)が乗船します。「肋」という名のアンゴラ産の猫も登場し、肋骨(そして猫、少女)への並ならぬ浪漫とフェティシズムが感じられます。

大きな戦争に挟まれた時代に、大連に渡り、片脚を失った安西の生歴が作用しているであろう独特なメランコリックさが前期の作品全編に漂っています。

「軍艦茉莉(安西冬衛『軍艦茉莉』より)」
オールビスク︱碧色のグラスアイ、人毛、軍艦肋骨のドレス・ボネ︱size:約77cm︱2024年︱

併読していたコウルリッジにも現れた、帆船を肋骨に見立てるイメージが重なり、肋骨帆船を身体に湛えた少女達を制作しました。

過去に「水琴窟」「elements」という身体が船になった少女を制作したのですが、もう少し船と肋骨の部分を強く打ち出しています。

身体も肋骨を浮き出たせ帆船イメージを乗せていますが、衣装も肋骨を感じさせるデザインにしました。

安西の時代の軍艦は黒では無くグレーで、月明かりに映えてなのか「ひっそりと白く」といった描写もあり、かなり迷ったのですが、「物集茉莉」などで描かれる茉莉の姿が黒いリボン、黒い洋装の少女で黒衣のイメージが強かったので、全体を通した茉莉の姿ということで漆黒のシルクのドレスで身を包みました。

「モロッコ革のデイヷン(長椅子)」や「ノルマンデイ産れの質のよくない機関長」など、どうも日本の軍艦じゃなく仏蘭西の香りがするのと、軍艦肋骨号は独逸らしい記述があるので、茉莉の姿も西洋人形といった面立ちに自然となりました。


碧色のグラスアイ

余談ですが、軍艦を少女に見立てて…ということで艦これやエヴァなどのイメージソースになっているのかな?と思ったのですが、こちらは調べても良くわかりませんでした。どちらにしろ、この時代において「軍艦茉莉」は前衛的な作品だったのではと思います。



③に続く。

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