【創作】酸欠
「金魚鉢の大きさで金魚の大きさが決まるようにさ、結局会社や組織の大きさで俺たちの力量なんて決まっちゃうんだよ」
会社の休憩室で缶コーヒーを片手に俺はさも自分の言葉のように田代に伝えた。何年か前に先輩から教えてもらった『金魚鉢の法則』をなぞらえただけだ。まぁその先輩もネットで適当に調べたことを俺に言っただけだ。
田代は俺の言う事が納得いかないのか首を傾げながら渋い顔をして下を向いたままだった。
俺も入社したばかりの頃は田代のように自分の可能性は無限に広がっていると思っていた。だけどそんなものは幻想だとすぐに気づかされた。
やる気のない先輩や評価してくれない上司。結局どれだけ頑張っても会社は自分を認めてくれない。俺たちは所詮小さな金魚鉢に入れられた金魚だ。もがけばもがくほど酸素が足りなくなって早く死ぬだけ。自分や会社の器の大きさを理解してその大きさの中でひっそりと泳ぐ。それが長生きする1番の方法なんだ。
「やる気があるのは良い事だけど、あんまり激しく動いても酸欠になるだけだぞ」
そう言って俺は残りの缶コーヒーをグイと飲み干した。ずっと俯いていた田代は顔を上げると力強く俺に言う。
「でも……僕たちは金魚じゃないです。人間です。だから自分で環境を変えることはできると思います」
俺を見つめる田代の目の奥が燃えていた。あの頃の俺も同じ目をしていたのだろうか。
お客さんのために業者に頭を下げまくったあの頃。会社を変えたくて上司に食って掛かったあの頃。仲間たちと自分たちの将来を朝まで語り明かしたあの頃。
……金魚鉢の中を所狭しと泳いでいたあの頃。
身体の奥から熱い何かが湧きあがってくるのを感じた、そしてそれと同時に息苦しくなるのが分かった。もがいてももがいても結局何も変えれなかったあの頃の記憶が蘇った。
残念だけどこの金魚鉢の中で泳ぎ続ける限り田代もいつしか俺と同じ目になるんだ。
まるで水から上がった時のように俺は大きく息を吸った。そしてすぐに深く息を吐く。「無理はするなよ」そう言って田代の肩をポンと叩いた。あの頃の気持ちを捨てるように空き缶をゴミ箱に放り投げ俺は休憩室を後にした。
ほどなくして田代は会社を辞めた。
「早まった」「若いな」「身の程知らず」周りはそう田代を嘲笑した。俺も田代の行動が正解とは思えなかった。金魚鉢から飛び出した金魚がどうなるかなんて誰の目にも明らかだと思っていた。
数年後、起業した田代の会社が一部上場したと人づてに耳にした。
田代は大きな金魚鉢へと移りのびのびと泳いでいるのだろうか。いやそもそもあいつは金魚じゃなかったのかもしれない。
でもそんなことは俺たちには関係ないことだった。
金魚は今日も息苦しそうに金魚鉢の中をただ彷徨うだけなのだから。
おしまい(1152字)
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