【創作】龍馬がゆく
変わる時代に生きたあの人とずっと比べられてきた。″坂本龍馬″それが俺の名前だった。あの幕末志士とは血縁関係は一切なく、ただ父親が大の坂本龍馬好きだっただけだ。
同姓同名の偉人のせいで学生時代は部活のキャプテンをやらされたり生徒会に無理やり立候補させられたりした。
最初は俺に期待する周囲だったけど、俺が”あの”龍馬のような器量が全くないことが分かると次第に離れていった。
中学、高校、大学と学校が変わる度に同じことの繰り返しだった。
頼んだ覚えもないのに勝手に期待しては勝手に失望する、その度に俺は自分が否定されてるような思いになった。
坂本龍馬の悪影響は社会人になってからも続いた。名前のイメージが先行して採用されたんじゃないかと勘繰るほど上司や先輩たちは俺に期待の目を向けた。
「龍馬、この企画お前がやってみるか!」
「新商品のプランだが、龍馬君何かアイデアはあるかね?」
熱い眼差しが送られてもそれに応えられない自分が嫌だった。期待の目が失望に変わる瞬間胸が苦しくなるけど、どうしようもできなかった。なぜなら俺は坂本龍馬とは何の関係もないから。時代を変えるために奮闘したあの龍馬のようになれるはずがなかった。
その日、俺は抜擢されたプロジェクトメンバーから抜けさせてもらった。上司である勝海さんの要求に応えられないばかりか、何度もミスを繰り返してしまった。
「ああ、こいつはあの龍馬とは違うんだな」
口には出さないがそういう空気が流れていた。勝海さんからは「もうちょっと頑張ってみたらどうだ」と言われたがこれ以上メンバーに迷惑をかけたくなかった。いやそれは言い訳でただ自分に自信がないだけだった。
会社帰りに久々に実家に帰った。今日は一人でアパートにいるのが辛かった。母親は急に帰ってくる俺に驚いていたが特に何も聞かずに迎え入れてくれた。きっと落ち込んだ表情をしていたのだろう。
「ご飯の前にお父さんに手を合わせてきなさい」
この迷惑な名前をつけた張本人は3年前に他界していた。まさか息子が自分がつけた名前で苦労しているなんて思ってもみないだろう。今日は素直に仏壇に手を合わせる気になれなかった。
「ねえ、なんで俺は龍馬なの?親父の安直な考えのせいですっごい迷惑なんだけど」
母親に愚痴を言っても仕方ないのだが言わずにはいられなかった。仏頂面でそう言う俺に母親は表情を変えずに俺に言った。
「あんた知らないの?うちは坂本龍馬の末裔なんだよ」
きっと俺を励まそうとしたのだろう。でも坂本龍馬に子供がいないことは知っていたし、もし本当に末裔なら父親がもっと自慢していたに違いなかった。
「はいはい、そういうのいいから」
呆れる俺に母親は「ちょっと待ってなさい」と仏壇の方へと向かった。しばらくして母親が紙をくるくると巻いたポスターのような物を手に持って戻ってきた。それはA3サイズくらいの半紙でおもむろに俺の前で広げた。
広げられた紙の上部の真ん中辺りに【坂本家家系図】と筆のような書体で書かれていた。
「何これ?」
「家系図」
「いやそれは分かるけど何の家系図だって聞いてんの!」
「だから、うちの家系図だってば」
うちにこんなものがあるなんて全く知らず俺は言葉を失った。母親はそんな俺をよそに「ほらここに“坂本龍馬“って書いてあるでしょ」と家系図を指差して言った。母親の指の先には【坂本龍馬―坂本(楢崎)龍】と書かれており二人の間から一本の直線が降りておりその先には【坂本直】と書かれていた。
「え?龍馬って子供いないじゃないっけ?」
「うん、世間的にはね。まぁ裏家系図っていうのかな」
裏家系図?そんなものが存在するのだろうか?俺は半信半疑のまま家系図の先を進めた。
【坂本直―坂本留】の間の直線の先には【坂本直寛】と書かれていて、同じように【坂本直寛】と妻の間に直線が伸びていた。それをどんどんと辿っていくと、【坂本浩司―坂本美幸】という馴染みの深い名前が登場してその間の直線の先には【坂本龍馬】と書かれていた。家系図はそこで終わっていた。
「こ、これってつまりどういうこと…?」
「だからあんたは坂本龍馬の昆孫ってこと」
「こ、こんそん…って何?」
「えっと、だから玄孫の孫ってことかな」
俺が坂本龍馬の末裔!
ただ親父の趣味でつけられたと思っていた俺の名前だったけど、俺には坂本龍馬の血が流れていたのか。いやでも玄孫の孫だと相当薄くないか。
「そんなことない。あんたはれっきとした坂本家の血筋なんだから。もっと自信を持ちなさい」
俺にそう告げた母親の顔は自信に満ち溢れていた。俺は狐につままれたような不思議な気持ちだったが、実家からの帰り道に書店に寄って【竜馬がゆく】を購入する頃にはもう自分が坂本龍馬の生まれ変わりのような気になっていた。
次の日、俺は勝海さんにもう一度プロジェクトメンバーに入れて欲しいと頼んでいた。勝海さんは驚いていたが二つ返事で了承してくれた。
それから俺の人生が劇的に好転することはなかった。今までと同じようにミスをしたし、周囲からの期待に応えられないこともあった。
でも自分が否定されているように感じることは無くなっていた。
あの日母親が見せた家系図は俺が生まれた時に父親が勝手に想像して作った偽物だった。母親が俺を元気づけるためにウソをついたのだった。
その事実を俺が知ったのは、もうプロジェクトが佳境を迎えていた時で家系図がウソだろうがホントだろうが俺には関係なかった。
俺は坂本龍馬の末裔ではない。でも名付けてくれた父親に感謝をするほど、少しだけ自信を持てるようになった。
おしまい
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こちらの企画に参加しています。