【創作】消えないTATTOO
”花火”と手の甲に書かれた文字を見せて私は彼女に語りかける。
「見てコレ。分かる?これね、TATTOOなんだよね。一生消えない」
一生消えない、その言葉に彼女の身体が一瞬ピクリと動くが、俯いたままこちらを向くことはなかった。
「何で”花火”なんてTATTOOを入れるのかって話だよね。私さ小さい頃から花火が好きだったんだよね。いやそれだけで入れたわけじゃないよ」
彼女は真顔のままこちらに目を向けた。とりあえず興味は引けたようでホッと胸をなで下ろす。
「花火ってさ、綺麗で迫力があって、それでいて儚いじゃん。まぁそれが花火の魅力なんだけどね。でもそれだけじゃないと私は思うんだ」
彼女は黙ったまま私の声に耳を傾けているが、目の光は失ったままだった。
「打ち上げ花火がどうやって作られるか知ってる?うん、知らないよね。火薬の配合をしたりそれを玉にしたりするんだけど、なんやかんやで完成までに1ヵ月半もかかるんだって」
彼女はいかにも興味はありませんと言いたげに私から視線を外した。私は構わず続けた。
「すごいと思わない?1ヵ月半もかけて作ったモノがわずか数秒で消えちゃうんだよ。どんだけ儚いんだよって感じだよね。でも_」
私は語尾を少しだけ強めた。彼女がまた私に目を向ける。
「そんな儚く消えていく花火だけど、たくさんの人の心には残ると思うんだ。たとえ花火は散ったとしてもその残像は消えないんだよね」
私の言葉を彼女は真剣に聞いている、そんな風に見えた。
「私もね、花火みたいな存在になりたいなって思うの。誰かの心に残れるような、そんな存在になりたいって思うの。でね、それを忘れないために花火のTATTOOを入れようと思ったんだ」
私を見つめる彼女の目の奥にわずかだけど光が宿った気がした。
「本当は『花火』っていう漢字じゃなくて夜空に打ち上がるあの綺麗な花火を入れたかったの。でもTATTOOを入れるのなんて初めてだからさ、よく分かんなくて。彫り師の人に『”花火”を入れてください』って頼んだら、迷わず”花火”ってまんま入れてきやがったの!いやそこは少しは迷えよ!」
そう言って私が笑うと、彼女は「バカじゃん」と一言呟いて、そして少しだけ……笑ってくれた。
「手の甲に書かれた”花火”って文字を見た時は死にたいくらい恥ずかしかったけど、今こうしてあなたに笑ってもらえるなら入れて良かったかなって思えるよ。きっとあなたの心に私の”花火”が残ってくれるような気がするな」
そう言って私はもう一度手の甲に記された”花火”の文字を彼女に見せた。
「だから、あなたのその手首の傷もきっと笑える日がくると思うな」
彼女は左手首の傷を右手で掴みながら、涙をボロボロと流した。私はティッシュを箱ごと彼女の目の前に置いた。彼女が泣き止むまで私は静かに見守った。ひとしきり彼女が涙を流した後、私は彼女に告げた。
「今日は私の話を聞いてくれてありがとう。今度はあなたの話も聞かせてね」
私の言葉にゆっくりと頷くと彼女は部屋を後にした。
かなり心を開いてくれたように感じたが深追いは危険だ。今日のところは私の話に何かを感じてくれたらそれで良かった。きっと次回は自分の話をしてくれるだろう。少しずつ彼女の傷を癒していけたら良い、そう思っているとふいに事務所の電話が鳴った。
「はい、自害対策センターです。お疲れ様です。今日のマルタイはおそらく大丈夫だと思います。あと数回のカウンセリングで退所になるでしょう。え?新しいマルタイですか?20歳の女性で彼氏にフラれてオーバードーズを繰り返している、と。はい、明日ですね。分かりました」
電話を切って殴り書いたメモを見つめた。
「うーん、DV彼氏に殴られた彼女……っていう設定でいってみるかな」
そう呟いて私は洗面台へ向かい、クレンジングで手の甲を洗った。メイク道具に赤と青のドーランはあったっけな、と思いながら”花火”の文字をゴシゴシと消したのだった。
おしまい(1607文字)
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