【創作】雲の名
「夏の雲がどうしてモクモクしているかというとね、ほら夏は空気が熱くなるだろ。暖かい空気は軽いから空に向かって上がっていくんだ」
そう言って僕は空へ人差し指を向けた。僕の指先を息子の晴太がジッと見つめる。晴太の隣りで話を聞いている妻の雨音は首を傾げていたが僕は気にせず続けた。
「お空の上は冬みたいに寒いんだ。上がっていった暖かい空気がお空の冷たい空気に触れると水滴や氷の粒ができてそれが集まって雲になるんだよ。夏のモクモクした雲は入道雲って言って地上と上空との温度差が大きければ大きいほど雲がどんどんと膨れ上がっていっt「よく分かんなーい!」
話の途中で声を挟んだ晴太は僕の説明はそっちのけで道端の草をいじり始めていた。
「ちょっと待って晴ちゃん、まだ話は終わってないから。パパの話をもう少し聞いてよ」
そう晴太に声をかける僕に雨音がため息を一つ吐いて言った。
「そんな理屈っぽい説明で分かるわけないでしょ。晴ちゃんがいくつだと思ってんの。もっと晴ちゃんがワクワクするように話さないと。ねー晴ちゃん」
雨音の問い掛けに晴太はうんうんと頷きながら草をいじり続けている。僕は晴太に父親としての威厳を少しでも見せたくて学生時代に学んだ気象学の知識を記憶の奥底から引っ張り出して晴太が喜びそうな話を必死で考えた。
「え、えーと…じゃあ晴ちゃん、このモクモク雲は積乱雲っていう名前なんだけどね」
「せきらんうん?」
「うん、それでね。積乱雲から雨や雷が降るんだけど、超巨大な積乱雲のことを、スーパーセル積乱雲って言うんだよ」
「わあ!スーパーセル!!」
「そう!スーパーセル!スーパーセル積乱雲からメソサイクロンっていう渦が発生するんだよ」
「へぇー!メソサイクロン!!カッコいい!!他にはないの!?」
立ち上がって晴太は目を輝かせて僕を見つめた。雨音は何も言わずに微笑んでこちらを見ている。これは続きを話しても大丈夫というサインだ。
「あとは…そうだなぁ、夕日は分かる?」
「うん、真っ赤なお空のこと」
「大正解!その真っ赤なお空にある雲のことをね、イリディセントクラウズって言うんだ」
「えー!よく分かんないけどなんか強そう!!」
本来は彩雲と呼ぶ雲のことをあえて英語で言ってみる。その方が晴太が喜んでくれると思った。そしてそれは成功したみたいだった。どうやら晴太は横文字がお気に入りのようで、もっと言って!と僕にねだった。今までこんなに晴太に慕われたことはなかったかもしれない。僕は頭の中の雲の知識をフル稼働させた。
「お空のずーっと上の方に太陽の光が当たってキラキラと輝く雲があってね。その雲はなかなか見る事ができない珍しい雲なんだ」
「レアキャラなの!?」
「うん、超レアだぞ!」
すごーい!と晴太はさっきよりもはしゃいでいる。僕は雲の中でも1番珍しいと言われる夜光雲を晴太に伝えるつもりだった。英語で言うとノクティルーセントクラウズ。きっと晴太は喜んでくれるに違いない。けれでも本当にそれで良いのだろうか……。このまま学術名を告げるだけで果たして父親としての威厳を見せたことになるのか、いやなるまい!ちゃんと自分の言葉を、自分自身で考えた言葉を晴太に伝えてこそ父親として胸を張れる、そう思った。
「この超レアな雲の名前はね……」
晴太は期待に満ちた顔で僕の言葉を待つ。このキラキラした目を失望させてるわけにはいかない。僕は脳内で必死で考えた雲の名を言い放った。
「スーパーミッドナイティングクラウズ!!って言うん「急にダサッ!!」
ずっと黙って話を聞いていたはずの雨音が僕の言葉に被せるように言った。
「え……ダ、ダサい?」
「うん、超ダサいよ。さっきまでカッコ良かったのに急に狙ってる感が強くてすごく不自然。これ本当にある名前?もしかしてあなたが考えたんじゃないの?」
そう言って雨音が僕の顔を覗き込んでくる。それに倣って晴太も一緒に僕の顔をジッと見てきた。僕は焦りを悟られないように冷静に努めた。
「やだなぁ、僕が考えた名前じゃないよ。ちゃんと学術名だよ」
「でもあなた耳真っ赤よ」
僕の真っ赤な耳を指さして雨音は大きな声で笑った。
「パパの耳が”いりでせんとくらうず”になってるー!」
覚えたばかりの雲の名前を口にして晴太も笑った。
僕は恥ずかしさと動揺の中で、イリディセントクラウズという難しい言葉をもう覚えた晴太に感心していた。次はどんな雲の名前を伝えようかな、そんなことを考えていた。
おしまい
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こちらの企画に参加しています。
そしてシロクマ文芸部の小牧部長がこちらの新企画を立ち上げられました。
「新しいジブン」の扉を開けるチャンスだと思います。是非ご参加ください。