【創作】Donai
かき氷をシャクシャクと音を立てて食べている彼の姿をただ眺めているだけで私の心は満たされていく。かき氷と呼ぶのがはばかれるほどに器の上を占領している果物たちを彼は次々と口の中に運んでいった。リズミカルに動く頬、咀嚼する音、上下する喉元、彼の一挙手一投足を見逃すまいと私は瞬きも忘れて彼を見つめた。私の視線に気づいた彼が潤んだ瞳でこちらを覗き込む。なまめかしく映るその上目遣いがさらに私の心を満たしていく。
「ミユキさんは食べへんの?めっちゃうまいで」
彼の問いかけに、満腹やからと私は首を横に振る。事実かき氷が入る隙間が今の私にあるとは思えなかった。テラスに座って肩越しに見える大阪城をバックに無我夢中でかき氷を頬張る彼を見ているだけでもう胸がいっぱいになっていた。それはこの後に控える”情事”も不要だと思えるほどに。
「痛っ……」
ふいに苦悶の顔を浮かべる彼。右手のスプーンを皿に投げるように置いてこめかみ当たりを人差し指で丁寧にさする。その姿があまりに愛らしく思わずフフっと笑みがこぼれた。
「ひどいな。笑わんといてや」
彼は少し拗ねた目を私に向けた。これまで見たことなかったその表情に満たされていたはずの私の心に別の扉が開くのが分かった。
”満たしたい”
新しく開いた心を彼で埋め尽くしたい欲求に駆られる。苦悶の表情やこめかみをさする仕草。笑い声や拗ねた目。しなやかな身体や綺麗な指先。漏れる呼吸や荒い息遣い。心の全てを彼で満たしたかった。彼の全てが欲しかった。だけどそんなことを願っても叶わないことは誰よりも私が1番分かっていた。ならば彼を独り占めできるこの時間だけは私だけのモノにしたかった。
「この後どないします?」
かき氷を食べ終えた彼は落ち着いた口調で私に聞いた。この後のことなど、”どない”も”こない”もなく私の中では決まっていた。私は思案するフリをして彼を眺める。彼は口元についたクリームを舌先で器用にペロリと舐めてじっとりと私を見つめた。また新たな扉が開く音が聞こえた。
おしまい(847文字)
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