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【私がオバさん、もしくはオジさんになっても】

「あんた、男みたいな声しとるな。風邪でも引いとるのか」

うちのデイサービスを利用されている男性の利用者さんが心配そうに僕に尋ねた。

「男みたいなって……いや男ですから」

淡々とそう応えると、その利用者は目を見開いて驚いた顔になった。そんなに驚くことがあったかなと僕は怪訝に思った。


僕は男性の中では割と髪が長い部類に入ると思う。天然パーマのくせに何をトチ狂ったのか、さらにパーマをかけたチリチリの毛が肩に届かない程度に伸びている。今の時代では髪の長い男性がいたとしてもそれほど珍しくはないと思うが、デイサービスを利用されるくらいの高齢者の方、特に男性の利用者さんにとっては髪が長い男というのは物珍しいのかもしれない。

その利用者さんからすると、髪の長い僕は稀有な存在だったのだろう。どうやら僕のことをずっと女性だと思い込んでいたようだった。
普段はマスクをして顔が隠れているし、その利用者さんとは接する機会が少なく、ちゃんと話したことはなかったかもしれない。だからそう思われても仕方がないような気がした。
利用者さんは女性だと思っていた僕の声があまりに低くて、まるで男のような声に喉の調子でも悪いんじゃないかと心配してくれたのだった。


「へぇ、男だったのか。驚いたなぁ……てっきりオバさんかと思ってたよ」

マスクをずらして利用者に顔を見せる。僕の顔をまじまじと見つめると利用者さんはそう言った。
女性だと思っていた人が急に低い声で話して実は男だったとしたら、そりゃ驚くに違いないよなぁと思った僕だったが、なんとなく利用者さんの言葉に違和感を感じた。

ん?

え?

オ……

オバさん!?!?


40代の僕は年齢的にはそりゃオバさんに間違いないんだけど、なんだろうこのすぐに納得できない感覚は。女性に間違えられるのは全然良いんだけど、僕よりも遥かに年齢の高い利用者さんからオバさんと言われるのはちょっとショックというか、端的に言ってめちゃくちゃ嫌だ!若く見られたい!

僕らの会話を横で聞いていたデイサービスのスタッフたちがクスクスと笑っている。何だか辱めを受けているように感じてますます恥ずかしさが募った。そんな僕の胸の内を知ってか知らずか利用者さんはさらにこう続けた。

「なんかごついオバさんがいるなぁって思っていたけど、なあんだ男でしたか」

ご、ごついオバさん!?!?


オバさんと言われただけでも屈辱的なのに、さらに”ごつい”というパワーワードを浴びせられて僕の乙女心はズタズタに傷ついていた。女性に”ごつい”なんて言っちゃダメやろ。

当然、利用者さんには悪気なんて1ミリもなくニコニコと笑っている。そんな利用者さんに「ははは、”ごついオバさん”はきついなぁ。ははは」と無理矢理笑顔を作った僕だったが、その心は泣いていたのだった。女の子は傷つきやすいんだからね……


この一部始終をその日の夕食の時に奥さんに話した。

「ごついオバさんみたいな旦那は確かにちょっと嫌だなー(笑)」

と奥さんは笑っていた。

「さすがにもうオバさんに間違えられることはないと思うよ」

そう奥さんに伝える。いくら髪が長いと言ってもこれまで一度だって女性に間違えられたことはなかったし、今回のことは本当に稀な出来事だったと思う。今後僕がオバさんになることはきっとないだろう。もう僕の乙女心は傷つくことはない。

そんな風に思いながら僕は夕食を食べ続けた。同じようにモグモグと箸を進めていた奥さんがふいに何かに気付いたように口を開いた。

「あ、でもオバさんじゃなくてオジさんも普通に嫌だなー(笑)」

ん?

え?

オ……


オジさんも!?!?


いやそれってもう通常の状態今この瞬間のことが嫌ってことじゃない?……と思った僕でしたが、奥さんの言葉の真意を確かめることはとても怖くて出来ないまま、味がしない夕食を食べ続けたのだった。

(1,564字)



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