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挨拶から学ぶ人間関係〜愛犬から学ぶ〜
皆さんは最近人に挨拶をしていますか、返されると嬉しいですか?
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感動した挨拶の文化?
うまれて初めて犬と暮らして一番驚いたこと、、、それはお散歩中の挨拶です‼︎
犬を連れている方は、同じように散歩している人にまず人同士が挨拶をするということが当たり前のようになっているんですね。
その後、犬同士が穏やかであれば確認をして近づいて犬式の挨拶をしていきます。初めて散歩をした日でも何組もの人に話しかけられて挨拶を交わしました。それが私にとって何よりも感動だったのです。
、、、だって歩いていて、初めて会った人に誰彼構わず挨拶することってなかなかないですよね?挨拶をすることってこんなにも気持ちいいものだったのかと感動したのです。
私にとって挨拶とは
社会人になって覚えている挨拶は就業前と終業後ですが、そのような挨拶に何も感じたことはありませんでした。良くも悪くも当たり前のコミュニケーションです。
、、、、いやむしろ挨拶にはトラウマがありました、、、‼︎‼︎
もしかしたら皆さんも聞いたことがあるかもしれません。看護師の挨拶問題。
昔のことにもなりますが、今でも覚えています。忙しかった看護学生時代、病院での実習での挨拶です。緊張するナースステーションでは学生たちが大きな声で挨拶をしますがそれに対して明らかに動いていない看護師でさえ、学生達には一切目も向けず挨拶を無視するのです。
まあ、これは一部の経験であって全員がそうではありません。ただ、SNSで話題になるほど看護師の文化のような扱いになってしまっていることは否定できません。
私が看護師をしていた場所では、挨拶を無視してはいけない勢と無視することが当たり前の層で分かれていましたね。
挨拶を返されなかった時にどんな気持ち?
挨拶を返されないと学生時代の私は素直に傷ついていました。無視をされることって存在を否定されることに繋がるので、人にとって不快であると言いますよね。現在では挨拶をするしないだけでもパワハラになるとかならないとかも聞いたことがあります。
これを読んでいる方の中にも挨拶を無視されて不快になったことあるひと多いのではないかなと思います。
当たり前に見返りを求めていた自分
しかし、最近自己肯定感も高く元気な私。犬と散歩し毎日が楽しい日々の中で人に挨拶を返されなかったとしても全く傷などつきません‼︎
まあ、確かに道端で出会う人と職場や一緒にこれからも動く人ではまた意味合いは違うと思いますが、、、。ただ大きな心境の変化はあるのです。
昔の私は、優しさに見返りを求めていたことと同じように
挨拶をすれば挨拶をし返してくれるという考え方が当たり前でした。
思い返せば、朝の挨拶が塩対応であってもその後の仕事では笑って私と会話をしていたりいつもと変わらぬ様子の人っていました。
後から、「おい‼︎朝のはなんだったんだよ‼︎挨拶くらい返せよ‼︎」と心の中で思ってたなあ、、、心の声、口悪かったなあ私。
自分の課題と相手の課題
よく人間関係について話している動画で説明している方もいると思うんです。アドラーの心理学で言われる「他人の課題に介入しないこと」、そして「自分の課題に他人を介入させないこと」と考える思考法についてです。
この考え方で挨拶一つでも自分の課題と相手の課題を分けるようになったら全く傷つかなくなったのです。
自分の課題にだけ人は考えるべきであり、相手の課題は相手のものなので実際に助けを求められて介入しない限り、考えるだけ無駄なのです。
挨拶コミュニケーションでの自分の課題は挨拶をすること。
他人はその挨拶に対して、もしかしたら私のことが嫌いで返したくないのかもしれないし、挨拶が面倒なのかもしれないし、昨夜彼氏に振られてそれどころではないのかもしれない。ただ、これはなんであれ他人の課題であり自分が介入できるものではないのです。
しかし、挨拶を自分が元気よくすることができれば、まず相手が損することはないですし、むしろ印象が良かったり、環境が明るくなったり、人間関係が良くなるかもしれない、自分はいいものを与える側の人間となります。
与えることとは
人間、与える側になると幸福度が上がると言われていることがありますよね。(気になった人は関連の記事や本を調べて読んでみてください)
この与えるという部分を「自己犠牲」とごっちゃになったり、ではどうしたらいいのと迷ったり、間違えた方向に頑張ってしまう方いると思います。ここでは「与える」ことについて深掘りはせずに、挨拶一つで考えていきますね。
挨拶をすることで、誰かにお節介だなんて思われることないですよね。気持ちよく挨拶できることは、「自己犠牲」だなんて考えなくてもいい一番手っ取り早い人への与える行為なのだと思います。
はあ、こんな考え方を若い頃からできていたら、学生時代どんなに無視をされてもなんとも思わなかっただろうなあ、、、、と笑
そしてここに派生して人間関係のもっと深いところのコミュニケーションにも使えるだろうと考えられますよね。
なので私は今後も人と関わるときは笑顔で挨拶をします。
運が良ければ相手も笑顔で挨拶を返してくれます。
私は実際これをしているだけで、思いがけない出会いや優しい出来事沢山起きましたよー‼︎(なんだか人を騙しているような口振りだけども、、、笑)
今日も皆様が笑顔で素敵な時間を過ごせていることを祈っております。
まとめ
相手に見返りを求めてはいけないこと
挨拶をすることが自分の課題であって挨拶を返してもらえるかは考えない。
与える側の人間になるためにまず挨拶から始めよう。
kosoboso