隙間と水 結局これが揺れを変化させる (1)
地下は隙間無くびっちりと岩が詰まっているのでしょうか。実際にはそのようなことがなく、地下は大小様々な隙間や割れ目が存在し、その隙間を水などの流体が埋めていると考えられています。地震は岩盤の破壊によって発生しますが、その破壊は傷も何もない岩盤が破壊するのではなく、もともとそこにあった割れ目がずれ動くことによって発生することが分かっています。そのため傷のない岩盤を破壊する力(応力)よりもずっと小さな応力で岩盤が壊れて地震を発生させます。前回のnoteでご紹介をしたACROSSで地下を伝わる波を観測していると、波の伝わる速さは思ったよりも変化することが分かりました。地震が起きて地面が揺すられると波の伝わる速度が遅くなります。また雨が降って地面に水がしみこむことでもへんかします。気温が変化することでも変化することも知られるようになりました。いずれも、結局は隙間の状態や隙間を満たす水によると考えるのが良さそうです。今回はその1回目で、岩盤中の割れ目の場合を考えてみます。
1.隙間の種類
隙間と言ってもいろいろな形や種類があります。岩盤の中に孤立した隙間から、お互いにつながって網目状になっているものもあります。また岩盤中の割れ目の様なイメージから、たくさんの砂粒の間の隙間のようなものもあります。これら様々な隙間によって変形や地震波が伝わるときの振る舞いが異なります。ここでは、(どこまでできるか分かりませんが)一つづつ考察していきたいと思います。
2.岩盤中の割れ目の場合
割れ目ができると固くなるか柔らかくなるか
岩盤に割れ目があるとどうなるのでしょうか。簡単なケースを考えてみます。下の図1のように岩盤に割れ目の入った3つの場合を考えてみます。わかりにくい場合はこんにゃくのように柔らかいものを考えても良いと思います。
まず、①割れ目が閉じている場合、②割れ目が開いている場合(空気で満たされている)、さらに③開いた割れ目が水で満たされている場合を考えてみます。そのときに左右から割れ目の面に垂直に押した場合、どちらが固いでしょうか。ここでの固いとか柔らかいというのは、岩盤の割れ目の細かいところは無視をして、全体として固いのか柔らかいということです。
まず、固さとは何でしょうか。私たちが物体に力を加えて変形させるときに、簡単に変形するものは「柔らかい」と感じ、容易に変形しないものは「固い」と感じます。つまり、固さ=押す力/変形と考えれば良いのです。同じ力で押したときに変形が小さい場合、あるいは同じ変形をもたらす場合にたくさんの力が必要な場合を「固い」と定義します。
それでは図1で、①と②を比べましょう。①はすでに割れ目が閉じていますが②は割れ目が開いています。これらを両側から面に垂直に押した場合、②は割れ目が狭くなるだけですが、①は割れ目の両側の物質が直接接触しているので抵抗が大きくなります。その結果、①のほうが②よりも全体として変形しにくく、「固く」なります。つまり岩盤に開いた割れ目ができると岩盤が見かけ上柔らかくなります。
それでは②と③を比べてみましょう。この場合は明らかに③のほうが固くなります。それは水で満たされた割れ目は閉じないからです。つまり、水は圧縮する力をかけてもほとんど変形しないため、③は②に比べて変形しにくく、全体として固くなるからです。
力の方向を変えるとどうなるか
次に同じ割れ目を持った岩盤に、先ほどと直角の方向に力をかけてみます。図2を見て下さい。岩盤の両側の面に沿って反対方向に力をかけています。岩盤をずれるように変形させる(せん断変形と言います)力をかけるわけです。
まず ① と ② を比べてみましょう。① は割れ目が閉じているので、割れ目の両側の岩盤の間に摩擦力が働きます。つまり、割れ目をずれ動かそうとする力に対して摩擦力が働いて抵抗します。それに対して ② は割れ目が開いているため摩擦力が働かず、容易にずれ動いてしまいます。従って ① よりも ② のほうが全体として柔らかくなります。
それでは②と③を比べるとどうなるでしょう。②は割れ目を空気が満たしています、③は割れ目を水が満たしています。どちらの場合も割れ目をずれ動かす力に対する抵抗は働きません。水も空気と同様、自由に変形するためずれ動きに対して抵抗しないのです。またずれ動きによっては体積が変化しないので、図1のような体積変化に対する抵抗も働きません。従って、②と③のずれに対する固さは同程度になることが期待されます。
このように同じ割れ目であっても、力をかける方向によって固さが異なります。ここでは、面に平行に力をかけた場合と垂直に力をかけた場合で、固さの変化が異なることを説明しました。ここで勘の良い人は、面に垂直な力は1種類でも面に平行な力には2種類あることに気づかれたかもしれません。図は2次元の平面に描いていますが、現実の世界は3次元です。そうすると面に平行な方向は図の上下方向の場合だけでなく面の奥行き方向の場合もあります。面に平行に欠ける力の方向によって固さが異なることを、異方性と呼んでいます。異方性については、いずれお話しするときが来ると思いますので、ここではこれ以上深入りはしません。
P波とS波
岩盤中を伝わる地震の波にはP波とS波があるのはご存じだと思います。P波は縦波とも呼ばれ、岩盤を圧縮する変形が伝わっていく波です。一方S波は横波(あるいはせん断波)とも呼ばれ、岩盤をずらす変形が伝わっていく波です。ここまで読んでいただくと、図1はP波に関係し、図2はS波に関係していることがおわかりだと思います。
地震の波の速さは、$${\sqrt{固さ/密度}}$$ で表現できます。つまり密度が同じであれば固い岩盤ほど早く伝わります。図1の場合は、圧縮する力に対する固さなのでP波の速度に関係します。図2の場合は、ずらす力に対する固さなので主にS波の速度に関係します。このような固さを表す物理量は弾性定数と呼ばれていて、等方弾性体の場合には2つの値(パラメータ)によって表現できます。P波とS波についてよく使われるのは、体積弾性率 K と剛性率 $${\mu}$$ です。それらの弾性定数を用いてP波速度とS波速度を表現すると、それぞれ$${V_P=\sqrt{(K+4/3\mu)/\rho} }$$ と $${V_S=\sqrt{\mu/\rho} }$$ となります。Kは体積を減らすような圧力に対する固さを表し、$${\mu}$$はずらす力に対する固さを表します。図1の場合の固さは、正確には体積弾性率ではなく、ヤング率と呼ばれる別の弾性定数を表します。多くの物体はある方向に押すと、その直角方向に膨らむ性質があります。ヤング率は、膨らむことには頓着せずに、ある方向に押すときの固さを表す弾性定数です。ちなみに、体積弾性率は、全方向から一様に圧縮するときの体積変化を固さとして表す弾性定数です。
図1の場合でも図2の場合でも、 開いた割れ目による密度変化が無視できるほど小さいと仮定することができれば、割れ目が閉じている場合①に比べ、開いた割れ目がある場合②のほうが地震波速度が小さくなることが分かります。それでは②と③についてはどうでしょう。図1の場合には、割れ目が水に満たされることによって固くなり、地震波速度が速くなるため、②よりも③のほうがP波速度が速くなります。それに対し図2の場合には②と③の固さはあまり変わりません。しかし、割れ目が水で満たされた分だけ全体としての密度は増加します。S波速度はこの兼ね合いで変化します。いずれにせよS波はP波ほど増加しないことは想像できます。
このようなP波とS波の性質の違いを用いると、岩盤中で割れ目が開くことに加え、割れ目を水が満たしているかどうかを区別することが可能となります。実際には、どのように変化するかは定量的なモデルを元に推定する必要があります。
このような地震波速度の変化はO'Connel & Budiansky (1974)が理論的に明らかにしています。彼らの論文の図はやや見にくいので、Suzuki et al. (2021)で、書き直してみました。それが図3です。図はP波速度とS波速度の変化を、横軸に割れ目の密度、縦軸に水で満たされた割れ目の割合として表したものです。P波の場合(左)もS波の場合(右)も、割れ目が増える(右側に行く)に従い地震波速度が減少しています。一方で、割れ目が水に満たされていく(上側に行く)とP波もS波も地震波速度が増加していますが、P波は水に満たされた割れ目が100%に近づくと一気に速度が大きくなります。しかしS波の変化はゆるやかです。
考慮すべきこと
図1の③のように割れ目を水が満たすと全体として固くなり、P波速度が大きくなります。それでは、完全に水が満ちた状態でない場合にはどうなるでしょう。例えば、図4のように水の中に少量の空気の泡が混じっているような場合を考えています。その場合には、圧縮に対する固さが小さくなります。つまり、圧縮力に対して変形しやすくなります。これは外部から圧力がかかったときに、液体中の泡が縮むことで変形が起きるからです。その際の固さは、泡の(つまり気体の)固さとほぼ等しくなります。
それに対して、少量の泡が混じった液体の密度はほぼ液体の密度と同程度です。図4の①と②を比較すると、②は①にくらべ、全体として密度は大きくなりますが、固さはほとんど変わりません。先にお話をしました様に、地震波速度は$${\sqrt{固さ/密度}}$$となります。したがって、②を伝わる地震波速度は①よりも遅くなることも期待できます。泡が抜けていくと地震波速度は増加することが期待できます。
3.まとめ
岩盤中に割れ目ができると、割れ目がない場合に比べて地震波の伝わる速度は遅くなることが予想されます。またその割れ目が水に満たされるとP波の場合には速度が増加し、S波の場合にはあまり増加しません。P波とS波の両方の変化を調べることにより、岩盤の割れ目の増減と水の増減を知ることが可能となります。
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