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3. 平成大不況と経済再生のプログラム


はじめに
 周知のように、バブル経済が崩壊したのは、もう10年も前のことです。それ以後、日本経済は、暗く長い出口の見えない不況のトンネルに入り込んでしまいました。いまに至るも、いっこうに脱出口が見つからないような歳月を重ねています。
  これまで幾度となく各種の景気対策が実施されてきました。だが、大型予算を組み、200兆円ほどの対策費を投入したのに、景気は回復していません。いった い、どうしてなのでしょうか。経済の現状を見誤り、景気対策の処方箋を書く前に、誤診があったのかも知れません。あるいは、従来型の景気対策では通用しな いような新しい経済段階に入り込んでいるのかも知れません。
 かたや、景気対策の資金繰りは、借金に依存してきたので、政府の借金=国家債務だけが膨大にふくれあがり、いまでは日本の国内総生産高(GDP)すら、上回る事態に陥っています。はたして、21世紀の経済再生は、どのように展望されるのでしょうか。
深刻化する不況と拡大する格差
 ともかくも、こんなにもひどい不況は、戦後初めての経験といってよいでしょう。各種の経済指標は、なにからなにまで、記録的な値をはじき出しています。
 まず筆頭は、350万人に達する完全失業者の数です。働く意欲があり、働く能力があっても、働く職場を見つけだせない数百万人の人々がいます。さらにその数は、企業社会のいわゆる「リストラ」によって、日々排出され続けています。
  昨日まで、大手企業の部長だったのに、会社の「リストラ」、という名前の「解雇」によって、今日からは失業者になった、といった例が後をたちません。今後 予定される人員削減は、50~130万人とのことです。不況のしわ寄せは、管理職も含めて、勤労者の肩に転嫁されているといっていいでしょう。企業部門で も、不況の厳しい風に直撃されている企業群もあります。それは、中小・零細企業や地場産業であり、過去最高に近い年間2万件に達する倒産や転廃業を余儀な くされています。
 かたや、この厳しい不況でも、上場企業(証券取引所に自社株が上場されている大企業・金融機関)は、好業績を記録しています。 今年の3月期決算で三一%、昨年の三月期決算で四八%も経常利益を伸ばしています。日本を代表する世界のトヨタ(販売台数世界第3位)にいたっては、今期 一兆円の経常利益を記録しています(『日本経済新聞』2001年5月19日)。平成大不況など、どこ吹く風、といった好業績を上げています。
 や やこしい話ですが、不況といっても、現代日本経済においては、すべての経済社会とその構成員が不況一色に塗りつぶされているのではありません。1970年 代の後半以降、日本経済の国際化にともない、対外進出を果たした巨大な多国籍企業は、進出先の海外需要や安価な人件費(海外雇用者300万人弱)に依拠で きるので、国内経済が不況であっても、記録的な好業績を実現できるようになっています。
 そして、今日では、わが国の上場企業の多くは、海外でビジネスを展開する多国籍企業です。今日のようにグローバル化(地球規模化)した経済にあっては、 グローバル企業にとって、母国の景気動向は、グローバルに拡大した数あるマーケットの中の、主要ではあるが、一つのマーケットにしかすぎないのです。
冷酷に貫く市場原理ム解雇すれば、株価が上がる
 現代の経済社会を見渡したとき、従来になく市場原理の冷酷さが目につきます。たとえば、リストラを断行して社員を解雇し、その生活基盤を奪っ た企業なのに、むしろ市場からは高い評価を受け、その会社の株価が上昇する、といった「市場原理万能」の経済風土が、アメリカに次いで、日本でも散見され ます。
 これは、人件費などのコストを圧縮し、利益の幅を拡大しょうとする「企業活動の論理」と、会社で働くのは安定した暮らしのためといった「市民生活の論 理」との対立軸が、はっきり表面化してきたことを示しています。こうした経済事態は、市民生活や社会にとって、そもそも会社(「株式会社」)ないし市場 (「株式市場」)とはいったいどういう存在なのか、という根本的な問題の検討を提起しています。
 もちろん、市民層の中には、幾多の株式を保有する株主や大企業経営者もいるわけですが、株式の売買益や配当収入だけで十分生活できる人はごくごく少数であり、大多数の市民は、「企業活動の論理」に翻弄されてしまう平均的な所得水準の勤労者であり、生活者です。
 現代の株式会社や市場は、もっともっと市民生活や社会、自然や環境との共存・共生のルールを探らない限り、将来において、その存立基盤は自滅していくことになるかも知れません。
 不安定化する生活基盤ム激増する非正規従業員
 長期化する不況の中で、従来の比較的安定的であった従業員の雇用形態が破壊され、パート、アルバイト、嘱託といった非正規従業員数が激増し続 けています。その数は、1985年で645万人でしたが、2000年には1257万人と、15年間で2倍にも拡大しています。しかも、そのほとんどは、バ ブル崩壊後の10年間に増大したものです。
 企業にとって、正規従業員の人件費は、年金・保険の支払いや退職金の積み立てなど、高くつきます。他方、パートやアルバイトの従業員なら、こうした福利 厚生費は負担する必要もないので、安価な人件費で済ませることができます。そんなわけで、リストラの基本的な構図は、正規従業員数をギリギリ絞り込み、そ れに代わってパート、アルバイトを増やし、人件費を大幅に削減することにあります。
だが、個別企業にとっては、コスト削減に直結するリストラも、経済社会全体からみるとまったく別の意味をもつことになります。
 という のも、このような不安定雇用者数の増大は、景気のあり方に大きな影響を与えるからです。一国の経済のうち、その六割以上は個人部門が支えています。不安定 雇用者数の増大は、個人の生活基盤の不安定化の主要な原因となります。結果的に、不安定雇用者の多い社会は、 景気も低迷・不安定化し、先行きが不透明な ものとならざるを得ません。事実、個人消費は、もう5年連続してマイナスです。
 個々の企業のリストラは、個人の需要や消費を冷え込ませることによって、めぐりめぐって経済全体の景気の足を引っ張り、不況を長期化させることになります。
インフレかデフレかー「債務大国日本」の誘惑
 だが、依然として、従来型の景気対策が強行されています。とうとう日本銀行は、内外の政治的圧力の前に、「ゼロ金利」政策から、さらに一歩踏 み込んで、インフレーション(=マネーの増発にともなう全般的物価高)が発生するまで金融市場にマネーを供給しつづける、といった前代未聞の政策へと踏み 出しました。
 きっかけは、政府が、戦後初の「デフレ宣言」、つまり現下の日本経済は、「継続的な物価下落の状態にある」(=デフレーション)と宣言し、これを受けて日銀は、消費者物価が上がるまで、いくらでもマネーを出し続ける政策を採ったからです。
 デフレ状態が続き、物価が下がっていくと、企業にとっては利益が出にくくなり、経営者にとっては望ましくない経済状態です。インフレなら、物価が上がっていくので、価格を高めに設定でき、利益も確保できます。
 それと、巨額の借金・債務を抱えた企業や政府にとっては、インフレが進めば進むほど債務負担が軽減し、インフレ利得が発生しますから、「債務大国日本」 にとって、インフレによって債務を洗い流そうとする誘惑ムこれは、かつて莫大な軍事国債と債務を抱えた終戦直後の日本で実際に実現したムに応える政策でも あります。
 だが、多数の勤労者や消費者は、困ります。むしろデフレのように物価が下がることは、生活費が節約され、実質的に所得は増え、預金の価値は増します。イ ンフレになると、物価が上がった分、生活が困難になります。住宅ローンが軽減するといっても、たかがしれています。
新経済再生プログラムー従来型からの脱却
 この10年間の政策は、国民のためといいつつ、既得権益に保護された経済システムを救済するために、従来型景気対策に終始してきました。その 結果、200兆円もの新しい債務(今年度末、国債発行残高約400兆円)が発生し、次には、消費税の大幅引き上げが検討されています。
 しかし、もはや従来型経済政策と成長主義からの抜本的な見直しが必要のようです。幸い、最近の新聞(『日本経済新聞』「経済教室」2001年5月16日)には、新しい経済再生策の一例が紹介されています。
 たとえばこうです。まず無駄な公共事業などの歳出を削減しながら、富裕層には増税を実施する。一方で、福祉や社会保障・雇用を充実させ、社会的な安全網 を整備しつつ、職業教育、生涯教育、研究促進、環境保全などに予算を振り向け、新しい産業と高度な「知識社会」の発展を目指す。
 これに加えて、ドイツとフランスがヨーロッパでやったように(EU)、日本と中国などが協力して、アジアにおいて安定した経済圏(AU)を構築できるなら、二一世紀はかなり展望がもてるように思われます。
『群馬評論』第87号、群馬評論社、2001年7月、掲載。

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