1/4(ヨンブンノイチ):第二回
「単刀直入に言いましょう。息子さんの心臓は機能不全です。」
「・・・え?動いていないんですか?」
「えぇ、全くダメというか一部機能していないといった方が正しいと思います。通常人間の心臓は右心房から血液が右心室の肺動脈を通る、そして肺で酸素を十分に取り入れたのちに肺静脈を通って左心房にわたり、最終的に左心室から血液を送ります。ところが息子さんは肺動脈が閉鎖している。肺動脈閉鎖症です。更に左心室は機能しておらず、最終的に血液を全身に送る力が弱い状態になります。その為、二酸化炭素を多く含んだ血液、つまり酸素をあまり取り入れていない血液が体中を流れてしまい、血中の酸素濃度を下げています。」
全く聞きなれない単語が飛び交う。
余計にパニックになりそうな話を優子はただただ黙って聞く。
「今は酸素吸引で永らえていますが、これを外して日常生活とは到底いかないでしょうし、二酸化炭素が全身に回っている身体でどこまで生きられるかは正直そんなに長くないと思います。」
「・・・もう死んじゃうってことですか?」
諭は恐る恐る聞いてみるが、主治医はうつむきながら静かに首を横に振るだけだった。
生後20日で死の宣告を受けた勝人を目の前に、なすすべもなく動揺している。
優子は自分の妊娠時の過ごし方はどうだったか、無理はしてなかったか、ぐるぐる頭の中で考え始めた。
「そんなに自分を責めないでください。これは確率の問題なのでどなたにでもあり得る話なんです。まして先天性の心臓疾患はおよそ100人に一人と言われています。」
気休めにならないことを言うが、優子の耳には届かない。
「私、実は大学病院出身でしてね、今からそこの紹介書を一筆書くんで運んでみてもいいですか。あそこなら腕の良い外科医も揃ってるし、ここよりも設備が揃っている。」
優子と諭は藁にも縋る想いで頭を下げた。
助かるなら何でもいい。
ここでお別れは絶対にありえない。
何かの冗談であってほしい。
主治医が連絡を取り次ぎ、すぐに救急車で関西の大学病院に運ばれることになった。
救急車の中でも顔色の悪い我が子を目の前に、優子は祈るしかできない自分が情けなかった。何本もの管に繋がれている息子、それぞれの危機からは鳴りやまないエラー音がこだまする。
がんばれ。
がんばって。
一時間後、何とか渋滞に巻き込まれることもなく病院に到着した。
まだ息はある。
救急車を降りるとこれまた大勢のスタッフが囲んでいる。
専門用語が大声で飛び交い、来る人来る人全員が走り回っているので、これがどれだけ異常な状態化は手に取るように分かった。
やがて、集中治療室に入り、再び優子たちは赤いランプの元で待たされることとなった。
大きい病院に来たから大丈夫。
多分大丈夫。
そう自分に言い聞かせながら何時間も待った。
途中、何度も慌ただしく出ては入りを繰り返す看護師たちを見て余計に不安を募らせた。
3時間ほど経過しただろうか。
もとより日付は変わってしまったのか、今何時なのか、そんな感覚も無くなったまま過ごしていると、赤いランプが消えた。
中から群れを成した白衣の集団が出てきて、先頭の初老の医師が話しかけた。
「どうも、この大学の外科医の田島です。息子さんの処置を一応行いました。」
「で・・・息子は・・・・」
「今のところ持ちこたえていますが、何とも言い難い状況です。正直に言いましょう。もって1年です。これまでこの手の病気の方で永らえたという症例は殆どといっていいほど無い。残念ですが、覚悟の程を。」
「そう・・・ですか・・・」
全てが終わった気がした。
結局助からないのであれば、意味が無いじゃないか。
ガラス越しに眠っている我が子を眺めながら涙が止まらなかった。
なんてひどい顔をしているんだ。
ガラスに反射した自分の顔は、自分が生きてきた中で一番情けなく悲壮な顔だった。
こんな顔してたらダメだよね。
笑われるよね。
そう自分に言い聞かせて、頬を叩いた。
諭は会社に一応の連絡をすまし、気を紛らせていたが同じく落胆の色を隠せない。
ひとまずこのまま緊急入院という事になったので、事務手続きを済ませないといけない。
2人がトボトボと受付に向かう途中、誰かが声をかけてきた。
「あのー。」
「・・・はい。」
振り返ると、くたくたの白衣に身を包んだ若い医師が立っていた。入ったばかりなのだろうか、頭をポリポリ書きながらこう言った。
「あー、いや、さっき教授の後ろにいたモンなんですけどね、ちょっと言いたくて。」
「何をです・・・?」
「あー、いや、何て言うか・・・大丈夫っすよ。多分!」
「は!?」
「あー、だから大丈夫。生きますよ、あの子。」
「・・・む、無責任な事言わないでくださいよ!!!」
「あ、スミマセン。でもそんな気がするんです。本当に。」
「根拠は!?もうすでに診せた医者2人死ぬって言ってるんだぞ!」
軽々しい口調と根拠のない楽天的な言葉に腹を立てた諭が目を真っ赤にして怒っている。
「あー、いやね、聴診器。壊れてるんですよ、田島のオッサンの。多分。」
→第三回へ続く