カロリーメイトのぱさぱさが好き
就活の時、絶対に嘘はつかないようにしよう、と決めていました。
でも、一回だけ、嘘をついてしまったことがあって、それを私はずっと悔やんでいます。ここに書いて供養しようと思います。
「朝ごはんは何を食べてきたの?」
面接待ちの控室で、リクルートスーツの私たちに人事のお姉さんが投げかけました。こわばって誰も会話を発しようとしない私たちに見かねて、簡単な話題の種を作ってくれたのです。
「パンです」「ごはんです」「食パンです」といった、お姉さんの努力もむなしくなるような簡素な回答が続く中で、私は
「カロリ―メイトです」と自信満々に答えました。
私は、カロリーメイトのあまりにも機械的で人工的なそのそっけなさが大好きで、カロリーメイトのぱさぱさしているところが大好きで、どろどろの粉になって口の中にまとわりついて妙に満足感があるところが大好きで、就活中の時間のなさにかこつけて電車のなかでよく食べていました。そうしていると、かたくむすんだ塩おにぎりを山の中でむさぼり食べるような、妙にハングリーな特別感があります。
「あーカロリーメイトね」
お姉さんは初めて、生き生きとした反応をしました。
「時間がなくて大変ねぇ。」
たしかに時間はなくて忙しい。でも、時間がないからこそ、私にはカロリーメイトの至福の時間が訪れるのであって、べつにそれはいいんだけど……。
「カロリーメイトってぱさぱさして、すんごく口が乾くよね」
お姉さんが生き生きと顔をゆがめる。
「ですよね、口の水分ぜんぶ持っていかれますわ。僕、苦手です」
私の向かいに座っていた就活生が、急に生き生きとし始めます。
「私もです~」
私の右隣の女の子も生き生きとし始める。
就活のプレッシャー、負けるか勝つかのシビアな空気感、安全な話題がない中、「カロリーメイトのぱさぱさ」という共通の敵を見つけて、彼らは急に息をし始めたのです。
え、と思う間もなく、そこには「カロリーメイト口ぱさぱさ嫌い」同盟が出来上がっていました。
私はついに、カロリーメイトのぱさぱさが好き、と言い出せませんでした。
「ですよね。就活中、朝忙しいとどうしてもそうなっちゃうんですよねー」
ごめんなさい、カロリーメイト。本当は大好きよ。
その翌日、面接へ向かう電車でも、私はカロリーメイトを食べました。
やっぱりぱさぱさして、そしてやっぱりそれが美味しく感じました。