情報の深海からの水揚げ

視野に映る世界は情報の海である。

あなたが石ころが転がる河原に立っている時、一つ赤い石ころがあったとする。差異によってその赤い石をすぐに認識できる。
これは情報の浅瀬に例えることができるかもしれない。

逆に深海は何だろう?実際に宇治川の河原に立ってみた。岩の表面の模様が水面のようだ。他の人はあまり気に留めないことだと思う。自分の中にある何らかの経験が、そう見出させるのか?

先生は、デザインは差異のコントロールと言った。ある情報を浅瀬へと運び、ある要素を深海へと戻すことで、私たちの認識を秩序づけている。擬態デザインは情報の深海にある何かを水揚げしてきて、それらを再認識する試みなのかもしれない。

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