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118F61、118F62、118F63

次の文により61、62、63の問いに答えよ。
 75 歳の女性。人工膝関節置換術のため入院中である。
現病歴 : 7 日前に右変形性膝関節症に対して人工膝関節置換術を実施し、入院中である。3 日前から右膝の疼痛を自覚していた。前日から鎮痛薬を内服したが、疼痛が増悪し歩行困難となった。また 38℃台の発熱も出現した。
既往歴 : 60 歳から高血圧症と糖尿病に対して内服治療中である。
生活歴 : 65 歳まで小学校の教師をしていた。夫と 2 人暮らし。アレルギー歴はない。
家族歴 : 父が高血圧症、母が糖尿病。
術後 7 日目の現症 : 意識は清明。身長 154 cm、体重 50 kg。体温 38.1℃。脈拍 124/分、整。血圧 88/50 mmHg。呼吸数 24/分。SpO2 96%(room air)。眼瞼結膜はやや貧血様で、眼球結膜に黄染を認めない。頭頸部に異常を認めない。心音と呼吸音とに異常を認めない。腹部は平坦、軟で、肝・脾を触知しない。背部に異常を認めない。右膝は手術創周囲に発赤と腫脹があり、疼痛で可動が困難である。創部の離開や滲出液は認めない。他の部位に皮膚の異常を認めない。
検査所見 : 尿所見:蛋白(±)、糖 1+、潜血(-)。血液所見:赤血球 372 万、Hb 11.3 g/dL、Ht 32%、白血球 11,900(桿状核好中球 12%、分葉核好中球 79%、好酸球 1%、単球 2%、リンパ球 6%)、血小板 10 万、PT-INR 1.34(基準 0.9~1.1)、血漿フィブリノゲン 810 mg/dL(基準 186~355)、D ダイマー 5.7 μg/mL(基準 1.0 以下)。血液生化学所見:総蛋白 6.2 g/dL、アルブミン 3.0 g/dL、総ビリルビン 0.8 mg/dL、AST 30 U/L、ALT 20 U/L、LD 220 U/L(基準 124~222)、ALP 104 U/L(基準 38~113)、γ-GT 29 U/L(基準 9~32)、CK 150 U/L(基準 41~153)、尿素窒素 15 mg/dL、クレアチニン 0.6 mg/dL、血糖 228 mg/dL、HbA1c 6.5%(基準 4.9~6.0)。Na 138 mEq/L、K 3.8 mEq/L、Cl 103 mEq/L。CRP 34 mg/dL。
 指導医と共に右膝関節穿刺を実施した。関節液の Gram 染色所見を別に示す。

第118回医師国家試験

118F61

この時点で追加すべき検査はどれか。
a エンドトキシン
b 血液培養
c 尿酸
d 尿中アルブミン
e フェリチン

第118回医師国家試験

正解:b

解説

本症例では、人工膝関節置換術後に発熱、膝関節痛、炎症反応上昇を呈しており、人工関節感染が強く疑われる。Gram染色で白血球とグラム陽性球菌が認められることから、細菌性の感染症が示唆される。
この状況で追加すべき検査は血液培養である。人工関節感染では、血行性感染も少なくない。血液培養により、起因菌の同定と薬剤感受性の評価が可能となり、適切な抗菌薬治療の選択に寄与する。
他の選択肢については以下の通りである。
a. エンドトキシン:グラム陰性菌感染症の診断に用いられる検査だが、本症例ではグラム陽性球菌が認められており、優先度は高くない。
c. 尿酸:痛風発作との鑑別に用いられる検査だが、本症例の臨床像からは痛風は考えにくい。
d. 尿中アルブミン:糖尿病性腎症の評価に用いられる検査だが、急性感染症の診断には寄与しない。
e. フェリチン:鉄代謝のマーカーであり、感染症の診断には直接関連しない。
以上より、本症例で追加すべき検査は血液培養である。

考察

本問題は、人工関節感染が疑われる症例における追加検査の優先順位を問う問題である。感染症の診断においては、臨床所見と検査所見を統合して、迅速かつ適切な判断を下すことが求められる。
人工関節感染は、人工関節置換術の重大な合併症の一つである。発症すると、関節機能の喪失や敗血症など、重篤な転帰をたどる可能性がある。早期診断と適切な治療介入が予後を左右する。
診断には、関節液の細菌学的検査が最も重要である。関節液の塗抹染色で白血球と細菌が認められれば、感染症の可能性が高い。培養検査により起因菌を同定し、薬剤感受性を評価する。
血液検査では、炎症反応(白血球数、CRP)の上昇を認めることが多い。ただし、非特異的な所見であり、感染症以外の炎症性疾患でも上昇する。血液培養は、全身性の感染症の評価に有用である。
画像検査では、単純X線で人工関節周囲の骨融解像を認めることがあるが、早期には変化に乏しい。MRIやCTは、感染の進展範囲の評価に用いられる。核医学検査も感度が高い。
治療は、可及的早期の外科的デブリードマンと適切な抗菌薬治療が基本となる。起因菌が同定されるまでは、広域スペクトルの抗菌薬を経験的に選択する。薬剤感受性に基づいて、可及的速やかに狭域化する。
本症例では、グラム陽性球菌が認められることから、メチシリン耐性ブドウ球菌(MRSA)などの耐性菌を想定した抗菌薬選択が求められる。バンコマイシンやダプトマイシンなどが第一選択となる。
人工関節感染は、整形外科医にとって最も警戒すべき合併症の一つである。感染を常に念頭に置き、早期診断と迅速な治療介入に努めることが肝要である。
本症例は、典型的な人工関節感染の臨床像を呈している。Gram染色所見から細菌性感染症が強く示唆され、血液培養の追加が最優先と判断される。起因菌の同定と薬剤感受性の評価に基づいた適切な抗菌薬治療と、外科的介入の必要性の判断が求められる状況と言えよう。

118F62

この時点で開始すべき抗菌薬はどれか。
a アンピシリン
b クラリスロマイシン
c クリンダマイシン
d バンコマイシン
e ミノサイクリン

第118回医師国家試験

正解:d

解説

本症例では、人工膝関節置換術後に発症した細菌性関節炎が示唆されている。関節液のGram染色でグラム陽性球菌が認められることから、黄色ブドウ球菌やMRSAなどの耐性菌が想定される。
この状況で開始すべき抗菌薬は、バンコマイシンが最も適切である。バンコマイシンは、MRSAを含むグラム陽性球菌に広く有効なグリコペプチド系抗菌薬である。人工関節感染では、MRSAの関与が多いため、第一選択薬として推奨される。
他の選択肢については以下の通りである。
a. アンピシリン:ペニシリン系抗菌薬。グラム陽性球菌に有効だが、MRSAには無効。
b. クラリスロマイシン:マクロライド系抗菌薬。非結核性抗酸菌症などに用いられるが、MRSAには無効。
c. クリンダマイシン:リンコマイシン系抗菌薬。グラム陽性菌に有効だが、MRSAには耐性化が進んでいる。
e. ミノサイクリン:テトラサイクリン系抗菌薬。グラム陽性菌にも有効だが、MRSAには耐性化が進んでいる。
以上より、本症例で開始すべき抗菌薬は、バンコマイシンが最も適切である。

考察

本問題は、人工関節感染が疑われる症例における経験的抗菌薬療法の選択を問う問題である。感染症の治療では、原因微生物を推定し、適切な抗菌スペクトルを有する薬剤を選択することが求められる。
人工関節感染の起因菌としては、黄色ブドウ球菌が最多である。近年ではMRSAの関与が増加しており、バンコマイシンなどの抗MRSA薬の選択が重要となっている。
コアグラーゼ陰性ブドウ球菌、連鎖球菌、腸球菌なども起因菌として重要である。グラム陰性菌では、緑膿菌、大腸菌、クレブシエラなどが関与することがある。
抗菌薬の選択には、感染巣の同定と起因菌の推定が不可欠である。人工関節感染では、関節液の塗抹染色と培養検査が診断の基本となる。血液培養も全身感染の評価に重要である。
経験的治療では、想定される原因微生物をカバーできる広域スペクトルの抗菌薬を選択する。MRSAを考慮し、バンコマイシンやダプトマイシンなどの抗MRSA薬を第一選択とする。
起因菌と薬剤感受性が判明した後は、狭域スペクトラムの抗菌薬に変更する。感受性結果に基づいた最適な抗菌薬を選択することで、治療効果の最大化と副作用の最小化を図る。
治療期間は、感染の重症度や起因菌、外科的治療の有無などにより異なる。人工関節感染では、長期の抗菌薬投与(通常6週間以上)が必要となることが多い。
外科的治療は、人工関節感染の治療の根幹をなす。デブリードマン、感染組織の切除、人工関節の抜去などを行い、感染巣を可及的に除去する。再建術の時期は、感染の鎮静化を待って慎重に判断する。
人工関節感染は、患者のQOLを著しく損ない、時に致死的となりうる重篤な合併症である。早期診断と迅速な治療開始により、感染の進展を防ぎ、可及的良好な関節機能を維持することが重要である。
本症例では、グラム陽性球菌が認められることから、MRSAなどの耐性菌を想定したバンコマイシンの投与が最も妥当と考えられる。起因菌の同定と薬剤感受性の結果を踏まえ、抗菌薬の最適化を図ることが肝要である。

118F63

右膝関節に再手術を行い、抗菌薬治療を継続していた。再手術後2日目に初回歩行を開始したところ、突然の胸痛と呼吸困難が出現した。意識は清明。体温37.5℃。脈拍120/分、整。血圧90/44mmHg。呼吸数28/分。SpO2 92%(room air)。著明な発汗と頸静脈の怒張を認める。心音と呼吸音とに異常を認めない。
確定診断に最も有用なのはどれか。
a 胸部造影CT
b 心エコー検査
c 心電図検査
d スパイロメトリ
e 動脈血ガス分析

第118回医師国家試験

正解:a

解説

本症例では、人工関節再置換術後に突然の胸痛と呼吸困難が出現している。低酸素血症、頻脈、低血圧、頸静脈怒張などの所見から、肺血栓塞栓症が強く疑われる。
肺血栓塞栓症の確定診断に最も有用な検査は、胸部造影CTである。造影CTでは、肺動脈内の血栓を直接的に描出することができる。肺動脈の途絶像や血管径不整などの所見が診断に寄与する。
他の選択肢については以下の通りである。
b. 心エコー検査:右心系の拡大や右室機能不全の所見から、肺高血圧の存在を示唆できるが、血栓の描出は困難である。
c. 心電図検査:非特異的な所見(洞性頻脈、右軸偏位、右脚ブロック、S1Q3T3パターンなど)を呈することがあるが、診断特異度は低い。
d. スパイロメトリ:肺血栓塞栓症では拘束性換気障害を示すことが多いが、非特異的な所見であり確定診断には至らない。
e. 動脈血ガス分析:低酸素血症と過換気を反映した所見を呈するが、非特異的な検査である。
以上より、本症例で肺血栓塞栓症の確定診断に最も有用なのは、胸部造影CTである。

考察

本問題は、人工関節置換術後に生じた肺血栓塞栓症が疑われる症例において、診断に有用な検査を問う問題である。周術期の患者では、深部静脈血栓症や肺血栓塞栓症のリスクが高く、適切な予防と早期発見が求められる。
肺血栓塞栓症は、下肢や骨盤の深部静脈に形成された血栓が遊離し、肺動脈を閉塞することで生じる。突然の呼吸困難、胸痛、失神などを呈し、時に致死的となる。
リスク因子としては、長期臥床、下肢の手術、悪性腫瘍、肥満、エストロゲン製剤の使用などが挙げられる。整形外科手術、特に人工関節置換術では、発症リスクが高い。
診断には、臨床所見と各種検査所見を総合的に評価する。Wells スコアなどの臨床的予測ルールを用いて、pre-test probabilityを評価することが推奨される。
D-ダイマーは、血栓の存在を示唆する有用なバイオマーカーである。ただし、特異度は低く、偽陽性も多い。スクリーニング検査として用いられる。
胸部造影CTは、肺血栓塞栓症の確定診断に最も有用な検査である。肺動脈内の血栓を直接的に描出でき、感度・特異度ともに高い。放射線被曝や造影剤アレルギーのリスクがあるが、ベネフィットがリスクを上回ると判断される場合に実施する。
肺換気血流シンチグラフィは、肺血流欠損像から肺血栓塞栓症を診断する。血流欠損と換気の不一致(ミスマッチ)が特徴的な所見である。CTが実施困難な場合の代替検査として用いられる。
下肢静脈超音波検査は、深部静脈血栓症の診断に用いられる。非侵襲的で簡便な検査であるが、感度は高くない。近位部の血栓の検出に有用である。
治療の基本は、抗凝固療法である。ヘパリンやワルファリン、直接経口抗凝固薬(DOAC)などが用いられる。血行動態が不安定な場合は、血栓溶解療法の適応となる。
予防には、リスク因子の評価と管理が重要である。周術期には、間欠的空気圧迫法や弾性ストッキングの着用、早期離床などの物理的予防措置を講じる。高リスク患者では、予防的抗凝固療法の適応を考慮する。
人工関節置換術後の肺血栓塞栓症は、致死的合併症であり、常に念頭に置くべき病態である。本症例のように、突然の呼吸困難や胸痛を呈した場合は、鑑別診断の上位に挙げる必要がある。
胸部造影CTは、肺血栓塞栓症の確定診断に最も有用な検査であり、早期に実施することが望ましい。診断が確定すれば、速やかに抗凝固療法を開始し、血行動態の安定化を図ることが肝要である。
本症例では、人工関節置換術後の血栓塞栓症予防が適切に行われていたかどうか、検証が必要である。また、感染の合併が血栓形成の誘因となった可能性もある。感染の制御と血栓塞栓症の予防・治療を並行して進めることが求められる。
人工関節置換術は、変形性関節症や関節リウマチなどの患者のQOL改善に大きく寄与する手術である。しかし、感染症や血栓塞栓症などの重篤な合併症のリスクも伴う。
整形外科医は、これらの合併症を予測し、適切な予防措置を講じるとともに、早期発見と迅速な治療介入に努めなければならない。患者の生命と機能を守るために、高い専門性と総合的な判断力が求められる。
本症例は、人工関節置換術後の感染症と血栓塞栓症という、整形外科医にとって最も警戒すべき合併症が併発した症例と言える。感染徴候の評価と抗菌薬治療、血栓塞栓症の診断と抗凝固療法、リハビリテーションなど、多角的なアプローチが必要とされる。
医療チームの緊密な連携のもと、患者の全身状態を注意深くモニタリングし、適切な治療方針を立案・遂行することが肝要である。患者の早期回復と良好な機能予後の実現に向けて、ベストを尽くすことが医療者に課せられた使命であろう。

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